※一般社団法人日本機械工業連合会『JMF経済ニュースレター』(2025年1月23日配信)より転載
トランプ氏の「勝つための3つのルール」
地政学や国際政治経済の調査分析を生業とするアナリストやエコノミストたちが、先週末は映画館へ足を運んだようだ。なかには『劇映画 孤独のグルメ』を観た方もいるかもしれないが、多くは1月17日(金)より公開された映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』が目当てであっただろう。すでに大きな話題を呼んでいるが、邦題の通り、若き日のドナルド・トランプ氏を描いたものだ。公式ホームページによれば、「気弱で繊細な青年」が「歴史に残る怪物」に変貌する「道のりを暴く衝撃の問題作」である。
この作品では、若き日のトランプ氏は、アプレンティス(弟子)として、師と仰ぐ「悪名高き辣腕弁護士」から「勝つための3つのルール」を伝授される。それは、①「攻撃、攻撃、攻撃」、②「非を絶対に認めるな」、③「勝利を主張し続けろ、決して負けを認めるな」、の3つだ。「フィクションを超える衝撃のリアルストーリー」を謳う同作品をどこまで事実として受け止めてよいのかわからないが、大統領としての実績や、選挙戦での大統領候補としての言動を通じて多くの日本人が抱いたトランプ氏のイメージは、この3つのルールを自らの信条として行動する人物像と重なるのではないだろうか。
「タリフマン」の帰還
その第45代米国大統領ドナルド・トランプ氏が、1月20日に第47代大統領の座に就いた。就任前から次期大統領として物議を醸す発言を繰り返していたが、いよいよ世界最強の国の最高権力者としての歩みを再び始めた。「米国の黄金時代が今、始まる」―冒頭でそう述べた就任演説で、トランプ氏は「米国第一」を高らかに宣言した。今後、200本ともいわれる大統領令を矢継ぎ早に発し、選挙戦で掲げた公約の実現に邁進していくことだろう。それは、ジョー・バイデン前政権の政策への、トランプ氏を陥れようとする「ディープステート(闇の政府)」への、そして、意に沿わない諸外国への「攻撃、攻撃、攻撃」である。
脱・脱炭素政策、不法移民の強制送還、反ESG(環境・社会・ガバナンス)/DEI(多様性・公平性・包摂性)、規制緩和、減税など、トランプ氏が掲げる政策はいずれも企業の事業活動に大きな影響をもたらすものだが、日本企業がとりわけ注目しているのが関税だ。
トランプ氏は、「タリフ(関税)マン」を自称し、「私にとって、辞書に載っている最も美しい言葉は『関税』だ」とうそぶくほど、関税を重視する姿勢を示してきた。選挙戦では、中国からの輸入品に60%超の関税を課す、すべての国からの輸入品に10-20%の関税を課すなどの政策を打ち出し、メキシコから輸出される中国メーカー車に必要であれば1000%の関税を課すといったことまで発言していた。
「関税」の3つの役割
トランプ氏にとって関税は万能薬だ。なかでも3つの役割を重視している。①貿易赤字の削減と国内産業・雇用の保護、②歳入増の財源、③ディール(取引)のための脅しだ。貿易をゼロサムゲームと捉えるトランプ氏は、貿易赤字は悪であり、負けだとみなしている。貿易赤字を削減し、国内の産業と雇用を守るために高関税が必要ということだ。また、自身が掲げる減税の継続・実施の財源として、イーロン・マスク氏らに託した歳出削減などとともに、関税収入を充てる考えを示し、「対外歳入庁」の設置を明らかにしている。
さらに、トランプ氏が重視するのが、相手国に自らの要求をのませるためのディールの梃子としての関税だ。第1期政権では、1962年通商拡大法第232条に基づく自動車への関税賦課をちらつかせながら、日米貿易協定の交渉に臨んだ。第2期政権では、こうした手法が多用されるだけでなく、要求内容も拡大しそうだ。
関税は「万能薬」
トランプ氏は、政権発足前にすでに、中国に対して違法薬物(フェンタニル)の密輸業者を取り締まり、米国への流入が止まるまで、10%の追加関税を課す意向を示した。同時に、カナダとメキシコには、国境管理を強化し、違法薬物や不法移民の米国への流入が止まるまで、両国からのすべての輸入品に25%の関税を課すことを表明した。カナダのジャスティン・トルドー首相には、関税を回避したいなら、カナダが米国の51番目の州になればよいと語り、カナダ国民の反感を買っている。また、BRICS諸国には、新たな通貨を創設したり、米ドルの代替通貨を支持したりした場合には、100%の関税を課すと警告した。
さらに、中国が台湾に侵攻するなら150-200%の関税を課す、デンマークが同国自治領のグリーンランドの米国への編入を妨げるなら高関税を課すといった発言まで飛び出している。違法薬物問題も、不法移民問題も、基軸通貨ドルの維持も、紛争抑止も、領土割譲すらも、関税という万能薬で解決できるとの考えだ。第2期政権のタリフマン(タリフマン2.0)は、第1期政権時よりもそのパワーを増している。
これからの4年間、日本も世界も、トランプ氏が繰り広げる「フィクションを超える衝撃のリアルストーリー」に否応なく巻き込まれていくことを覚悟しなければならない。
(2025年1月21日)
株式会社オウルズコンサルティンググループ
シニアフェロー
菅原 淳一
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