「児童労働ゼロ」の実現を目指して(2024年12月 サステナブル・ブランド ジャパン(SB-J)掲載)
※2024年12月12日付のサステナブル・ブランド ジャパン(SB-J)の記事を一部変更して掲載しています。
前回(第4回)の記事では、「ビジネスと人権」における「人権リスク」の考え方やルール動向、企業に求められる取り組みについて説明しました。今回は、人権リスクの中でも特に深刻で注意が必要な「児童労働」について取り上げます。
日本の人口よりも多い「児童労働」その実態は?
世界の子どもの 10 人に1人」――。国際労働機関 (ILO)とユニセフの報告によると、世界では日本の人口よりも多い約 1 億 6000 万人が未だ児童労働に従事しているとされています。チョコレートにコーヒー、綿のシャツにスマートフォン……。日々の生活に欠かせない産品の生産背景に、児童労働が関わっているかもしれません。国際社会は、SDGsのターゲット8.7で「2025年までの児童労働撤廃(児童労働ゼロ)」を目標に掲げ、各国政府や企業に対応を呼びかけてきました。しかし、目標年まで残り1年に迫る中、課題解決の道のりは遠く、深刻な人権侵害が見過ごされています。
ここで改めて、「児童労働」とはどのような人権リスクなのでしょうか。主要な国際条約では、「15 歳未満の労働および18歳未満の子どもによる危険有害労働」を児童労働と呼んでいます。つまり、子どもの教育機会や健全な成長を妨げる労働を指します。特に18 歳未満の人身売買、売春、危険有害労働(夜間・長時間の労働、虐待に晒される労働、地下・水中・高所・閉所での作業)などは「最悪の形態の児童労働」とされています。約1 億 6000 万人の児童労働者のうち、なんと約半数の7900 万人が危険有害労働に該当し、もはや看過できない深刻な状況であることが分かります。
産業分野別には、全体の7割を農林水産業が占めます。具体例を挙げると、コーヒー、カカオ、砂糖、パーム油、タバコ、コットン(綿)、魚介類の生産現場、加えて金やコバルトの採掘現場などでも児童労働が指摘されています。特にサハラ以南のアフリカで深刻であり、同地域では約4人に1人の子どもが児童労働に従事しているとされます。
劣悪な環境での労働は、けがや感染症、農薬による健康被害、暴力の恐怖、うつ症状などの苦しみを子どもたちにもたらします。そして、失われた教育機会や害された健康は、生涯取り戻すことができません。このことから、児童労働は深刻な人権リスクと考えられています。
「児童労働」はなぜ起きてしまうのか? 日本の企業・消費者にも責任がある?
児童労働が発生する背景には、子どもを働かせてしまう家庭と、児童労働を直接・間接的に助長している企業の双方に課題があります。開発途上国などの貧困家庭では家計を補うため、やむを得ず子どもを労働へと送り出すことがあります。
また、世界各地の紛争や災害、感染症の拡大なども貧困状態を深刻化させ、児童労働を助長しています。同時に、企業側では、消費者からの「安さ」を求める声に応えるべく、取引先に対して生産コスト削減の圧力を強め、結果的に安価な労働力としての児童労働を加速させている可能性があります。このような状況に対して、欧米では、消費者からの要請の高まりもあり、食品、小売、アパレル、電子機器業界などの大手企業が、サプライチェーンにおける児童労働撤廃を自社の重要課題と考えて取り組みを進めています。
日本企業の例としては、森永製菓が、児童労働の撤廃と予防に取り組むNGO ACE(エース)と連携し、取り組みを行っています。対象商品の売り上げの一部をACEに寄付することで、カカオ生産国の子どもを児童労働から守り、学校へ通えるよう支援しています。2008年から16年間続く寄付の合計額は約3.2億円に上っています。また、支援地域で取れたカカオを用いたチョコレートも販売しています。
一方で、欧米と比べると日本企業の取り組み例は未だ多くありません。児童労働は「どこか遠い国の問題」と認識されているのではないでしょうか。しかし国際NGO Walk Freeの報告によれば、日本は児童労働を含む“搾取労働”によって生産された産品の輸入量が、米国に次ぎ世界で2番目に多いというショッキングなデータもあります。日本の企業・消費者にとっても決して無関係ではなく、むしろ積極的な取り組みが求められているのです。
「児童労働」の根本解決に挑むフェアトレード
では、企業や消費者には具体的に何ができるのでしょうか。児童労働を無くすためには、生産者側の貧困状況と、企業側のコスト削減ニーズの双方へのアプローチが必要です。生産者、企業、消費者が協力して取り組む必要があるのです。そうした多面的なアプローチをグローバルで実践するのが「フェアトレード」です。これは、主に開発途上国で作られた原料や製品を適正な価格で継続的に購入し、立場の弱い生産者や労働者の生活改善と経済的自立を目指す貿易の仕組みを指します。
国際的にフェアトレードの推進を行うFairtrade International(国際フェアトレードラベル機構)では、 製品がフェアトレードで取引されたことを認証し、ラベルを貼付しています。この「国際フェアトレード認証」では、「経済」「社会」「環境」の3つの基準を設け、「社会」的基準の中で児童労働を禁止しています。特にカカオなどの児童労働が深刻な産品においては、更に細かく厳格な基準で児童労働を防止・是正する仕組みの整備を義務付けています。
また、国際フェアトレード認証による取引では、最低価格の保証に加えて、プレミアム(奨励金)も支払われます。これは、生産者が使い道を決めることができる資金であり、収穫量を増やすための設備や地域インフラの整備、学校建設、奨学金制度などに幅広く活用されています。そもそも児童労働の背景には、家庭の貧しさや教育環境の不足が大きく影響しています。そこで、児童労働をただ禁止するだけでなく、その予防のための親の収入や、教育機会を増やすことで、根本的な課題解決につながっていきます。
国際フェアトレード認証を通じて、生産者は貧困状態から抜け出し、子どもを働かせる必要がなくなります。企業は、生産者に適切な対価を支払い、社会的責任を果たすと共に、児童労働の根本解決に向けた多面的なアプローチに参画できるのです。消費者は日々の買い物の際に認証ラベルが表示された製品を選択することで、児童労働に加担していないこと、また、その予防に役立っていることを確認できます。フェアトレードは生産者、企業、消費者が協働することで、児童労働の根本解決に挑む取り組みと言えます。
SDGsで掲げられた「児童労働撤廃」の目標期限まで、残り1年。企業として、またひとりの消費者として、積極的なアクションが求められています。次回は、近年議論が進んでいる「気候変動と人権リスクの関係性」について解説します。
株式会社オウルズコンサルティンググループ
アソシエイトマネジャー
丹波 小桃
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