※2024年11月19日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。
「ブレーキ役」欠くトランプ2.0
米大統領選は共和党候補のドナルド・トランプ前大統領の大勝に終わった。選挙人538人(過半数270米大統領選は共和党候補のドナルド・トランプ前大統領の大勝に終わった。選挙人538人(過半数270人)のうちトランプ氏が321人、民主党候補のカマラ・ハリス副大統領が226人を獲得、7つの激戦州のすべてをトランプ氏が制した。
さらに総得票数(一般投票)でもハリス氏を上回った。前回トランプ氏が当選した2016年選挙では、総得票数ではヒラリー・クリントン候補を下回っていた。
それだけではない。議会選でも上下両院を共和党が制し、いわゆるトリプルレッドとなった。大統領と上下両院の多数党が同じになれば、大統領の政策の円滑な遂行が期待される。こうなると、懸念されるのはトランプ氏による「暴走」だ。閣僚や大統領補佐官など、政権幹部の指名も進んでいるが、資質や経験よりもトランプ氏への忠誠心の厚さが重視された人選と指摘されている。
トリプルレッドになったといっても、上院では議事妨害(フィリバスター)を阻止できる60票には達していない。上院共和党トップの院内総務には、トランプ氏への忠誠心が厚いリック・スコット議員(フロリダ州)を破って、ジョン・スーン議員(サウスダコタ州)が選出された。現在指名されている閣僚候補が全員上院の承認を得られるかも、承認手続きを経ずに済む「休会(中)任命」を上院が黙認するのかも定かではない。また、下院の議席はいまだ確定していないが、共和党と民主党の議席差はわずかであり、少数の議員の造反で法案は通らなくなる。
こうした点を考えれば、すべてがトランプ氏の思い通りに進むとはいえないが、明確な「ブレーキ役」も存在しない。政権幹部の人選が進むにつれ、第1期政権(トランプ1.0)時のように、トランプ氏の「行き過ぎた」政策の軌道修正を図る人物は、政権内にはいなくなるのではないかと懸念する声が上がっている。
連邦最高裁をはじめ、保守化が一層進む司法にもその役割は期待できそうもない。第2期トランプ政権(トランプ2.0)は、前回よりもトランプ氏の意思が政策に反映されやすい、より「トランプ化」した政権となるのは確実だ。トランプ氏が選挙戦で打ち出した公約の実現可能性も自ずと高まっている。
経済安全保障の取り組みも変化
トランプ2.0の政策は、ジョー・バイデン政権のものから大きく変化するだろう。端的に言えば、国内政策では反リベラルへの揺り戻し、外交政策では「米国第一」が一層強化された単独主義への傾斜が見込まれる。こうした変化は、バイデン政権下で進められてきた経済安全保障の取り組みにも当然に影響を及ぼす。それは、日本の経済安全保障戦略や日本企業の事業活動にも見直しを迫ることになる。
米国を含む主要国は現在、「保護」「振興」「連携」によって経済安全保障の取り組みを進めている。「保護」とは、重要物資・技術、重要情報や個人情報などが中国などの懸念国の手に渡ることを防ぐもので、輸出管理や投資審査、TID(テクノロジー・インフラストラクチャー・データ)への懸念国やその企業のアクセスを制限するなどの措置で実施されている。
「振興」とは、重要物資などの国内製造基盤を整備し、サプライチェーンを強靱化することで国内産業の競争力強化を図るもので、補助金や税制上の優遇措置といった政府主導の産業政策によって進められている。
「連携」とは、自国のみでは実現が難しい「保護」や「振興」を、価値を共有し、信頼できる同志国と連携して取り組むもので、「フレンド・ショアリング」と呼ばれている。
トランプ2.0では、この3つの取り組みがそれぞれ変化するものとみられる。
「スモールヤード」の拡大
「保護」の取り組みは、トランプ2.0で一層強化されるだろう。特に、中国を対象とした貿易投資規制が拡大・厳格化することが見込まれる。
対中輸出管理・投資審査等の強化はバイデン政権下でも進んだが、規制対象を安全保障の確保に真に必要な技術・製品に絞り込む、いわゆる「スモールヤード・ハイフェンス」の方針が掲げられた。規制強化を求める議会の圧力もあり、半導体に関する輸出管理などで「スモールヤード」は拡大傾向にあったが、規制が米国経済や米企業にもたらす悪影響を可能な限り限定する配慮がなされていた。そのため、バイデン政権の規制は外科手術用のメスにたとえられる。
それに対して、トランプ2.0が使うのはハンマーだ。国務長官に指名されたマルコ・ルビオ上院議員は、議会で対中規制の強化・拡大のための法案を主導してきた。直接の理由は香港問題への対応だが、その対中強硬姿勢から、中国政府によって中国への入国禁止等の制裁を科されている。国家安全保障担当大統領補佐官に指名されたマイケル・ウォルツ下院議員なども対中強硬派として知られており、中国による報復措置も含め、米国経済や米企業への「返り血」を顧みない対中貿易投資規制の拡大・厳格化が進められるリスクがある。
これ加えて、中国に対しては、世界貿易機関(WTO)で全加盟国に認める義務がある最恵国待遇(MFN、恒久的正常貿易関係(PNTR))を撤回する、電子機器、鉄鋼、医薬品などの重要製品の対中輸入を4年間で段階的に停止する、中国からの輸入品に60%超の関税を課すことなどを打ち出している。さらに、メキシコで生産される中国メーカー車の輸入にも高関税を課すとしている。対中貿易投資規制の拡大・厳格化と相まって、これらの措置が発動されれば、中国からの対抗措置を招き、米中間のデカップリングが進行することになるだろう。
補助金から関税へ
「振興」では、バイデン政権下の補助金や税控除などが修正・廃止されるおそれがある。特に懸念されるのは脱炭素促進等の気候変動対策関連の支援策だ。
トランプ氏は選挙戦で、米国を世界一エネルギーコストが低い国とすることで、産業競争力を強化し、雇用を確保すると主張した。規制緩和やプロジェクト認可の加速、減税によって石油・天然ガス生産を奨励する方針を打ち出し、バイデン政権が進めたすべてのグリーン・ニューディール政策を終了させ、パリ協定からは再離脱するとしている。
トランプ氏は、バイデン政権が進めた電気自動車(EV)普及策は就任初日に廃止すると明言している。インフレ抑制法(IRA)に基づき進められた、気候変動・エネルギー安全保障対策のための補助金や税控除の修正・縮小も見込まれる。EV購入時の最大7,500ドルの税額控除の廃止や適用要件の厳格化も想定されている。これらのバイデン政権による補助金や税控除の恩恵は日本企業も享受しており、その廃止や修正となれば、事業計画の見直しを迫られる企業も出てくるだろう。
さらに、トランプ氏は、米国内での半導体の製造・研究開発を支援するCHIPS・科学法についても懐疑的な発言をしている。国内産業保護・雇用確保を重視するのはバイデン政権と同じだが、トランプ氏はそれを関税によって実現することを望んでいる。トランプ氏は、「私にとって、辞書にある最も美しい言葉は『関税』だ」と述べ、「タリフマン」を自称している。前述の対中関税のように、トランプ2.0で関税が多用されるのは明らかだ。バイデン政権下で補助金や税控除で支援されていた産業でも、一部は関税による保護に置き換えられることが見込まれる。補助金や税控除による支援が継続される場合でも、その要件として国内企業・製品を優遇する措置が拡大・強化されることが想定される。
フレンド・ショアリングは停滞
バイデン政権は、経済安全保障の確保のために、先端半導体等の機微技術に関連する分野での中国とのデリスキング(リスク低減)を進め、同盟国やパートナー国との安全で信頼できるサプライチェーン、いわゆるフレンド・ショアリングの構築を目指した。バイデン政権が主導したインド太平洋地域の14カ国が参加する「繫栄のためのインド太平洋経済枠組み(IPEF)」は、同地域におけるフレンド・ショアリング構築の重要な柱である。
米国のパワーを背景にした二国間ディールを好むトランプ氏は、多数国間の経済枠組みの構築には消極的だ。トランプ1.0では、政権発足直後にバラク・オバマ前政権が推し進めた「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)」からの離脱を表明したが、トランプ氏はIPEFを「第2のTPP」と呼び、大統領就任初日に離脱する意向を明らかにしている。フレンド・ショアリング構築は、トランプ2.0の政策目標とはならず、米国を含む形では停滞することになるだろう。
さらに、選挙戦でトランプ氏は、大半の輸入品に10-20%の関税を課す「普遍的基本関税」(universal baseline tariffs)の導入、相手国の関税率が米国の同製品関税率より高い場合に相手国と同率の関税を課す「トランプ互恵貿易法(相互通商法、Trump Reciprocal Trade Act)」の成立を訴えていた。高関税賦課は、米消費者の負担増につながる、相手国からの対抗措置を招く、との批判にも、トランプ氏は耳を貸さない。
こうした全世界を対象にした関税に加え、特定国を標的とした関税が課されるおそれもある。中国に加えて、メキシコやベトナムが標的とされる可能性が高い。両国とも、米国の貿易赤字が大きいだけでなく、中国製品の米国への輸入の「迂回地」とみなされているためだ。メキシコとは2026年に米墨加協定(USMCA)の見直しも控えている。トランプ氏が、関税引き上げやその脅しを梃子に、両国に対米貿易黒字の削減や中国に対する規制強化等の措置を迫ることが考えられる。
欧州連合(EU)は、トランプ2.0において米国が関税を課してきた場合には、交渉による解決を目指す姿勢を示している。ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長は、すでに米国産液化天然ガス(LNG)の輸入増を米国との交渉カードとする意向を示している。同時に、EUは米国による関税賦課への対抗措置として米国に関税を課す場合の対象品目リストを準備していると報じられている。
日本企業はサプライチェーンの再検討が必要に
このように米国の経済安全保障の取り組みが変化すれば、日本企業はサプライチェーンの再検討を含む事業戦略の見直しを迫られることになるだろう。
米国の貿易赤字額第5位(2023年)の日本は、トランプ2.0で通商分野での厳しい要求を突きつけられることも想定される。トランプ1.0では、日本の農産物関税や自動車分野の「非関税障壁」などが問題視された。トランプ2.0でも、米国の対日貿易赤字削減のため、高関税賦課の脅しの下で、農産物市場の開放や規制緩和、日本企業による対米投資増を迫ってくるおそれがある。
トランプ氏は米製品の競争力を削ぐとしてドル高円安を「大惨事」として嫌っているが、トランプ氏が公約通り、移民政策を厳格化し、関税措置を多用し、減税を実施すれば、インフレ再燃や財政悪化の懸念から、米金利が上昇し、ドル高円安が進むおそれが指摘されている。この場合、トランプ氏は、日本が為替操作を行っているとして、関税賦課の脅しをかけてくる可能性もある。
同盟国であってもお構いなしに関税賦課を主張するトランプ氏の下では、米国主導のフレンド・ショアリング構築は期待できない。メキシコ拠点からの対米輸出、いわゆるニアショアリングも、その再考が必要となるかもしれない。米国内に生産拠点を設けることや、米国拠点での現地調達率の引き上げも検討課題となる。
米国による対中貿易投資規制の拡大・厳格化は、日本政府がこれと歩調を合わせることも考えられ、日本企業の対中ビジネスをより難しくするだろう。米国市場から排除された中国企業・製品が東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国等の第三国市場に流入し、日本企業との競合が一層激しくなることも想定される。
冒頭で述べたように、トランプ氏が選挙戦で掲げた公約がすべてその通りに実現するわけではないが、明確な「ブレーキ役」を欠く中で、その実現可能性は高まっている。トランプ2.0で米国の経済安全保障の取り組みがどのように変化するか、日本企業も注視していく必要がある。 。
株式会社オウルズコンサルティンググループ
シニアフェロー
菅原 淳一
関連レポート・コラム
2024年地政学・経済安全保障 クリティカル・トレンド(2024年1月 JBpress掲載)
バイデン政権による対中301条関税の見直し~米大統領選で展開される対中関税引き上げ競争(2024年5月 JBpress掲載)
「地政学リスク」とは|事業環境の変化に備える
経済安全保障とは|企業に求められる対応
関連サービス