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REPORTS レポート
2024年9月13日

「世界が注目する『ファン・アクティビズム』とは? 圧倒的な『推し活』パワーが社会を変える」(2024年9月 JBpress掲載)

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※2024年9月2日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。
オウルズコンサルティンググループメンバーによるシリーズ連載「推し活と倫理」(最終回:第4回)

近年、K-POP等のグローバルなファンダム(ファンコミュニティ)を中心に、「推し」の名義で巨額の寄付をしたり、社会変革を促すアクティビズムを巻き起こしたりする新たな「推し活」の形が台頭している。その影響力は、社会課題解決の現場でも見逃せないものになりつつある。

本連載の最終回となる今回は、社会変革の大きな原動力となりえる「ファン・アクティビズム」と、その未来について考察する。

寄付市場を揺るがす「推し活マネー」のポテンシャル

BTS(防弾少年団)のメンバー・Vを応援する中国のファンたちが、Vの誕生日を祝うために集めた資金で、彼の名前を冠した小学校を設立した──。2021年、こんなニュースがK-POP界で話題を呼んだ。韓国では以前から、アイドルの誕生日にファンが資金を出し合い、駅やバス等の公共空間に「推し」の広告を掲載する応援活動が定着してきた。その活動がさらに進化して、近年では、新たな誕生日の祝い方として、集めた資金を「推し」の名義で社会貢献活動に寄付することで「名誉」を贈ろうとする動きが出てきている。

冒頭の例は、BTSメンバー・Vを応援する中国のファンクラブ「Baidu Vbar」が、彼の誕生日にわずか1分間で5000万円の募金を集めるというK-POP界の新記録を樹立し、集めた資金を学校建設に使った例だ。この大手ファンクラブは他にも、子どもたちの通学のための道路の整備など、社会貢献のための寄付を多数行っている。「社会のため」にお金を使うことこそが最も「推しのため」になる、という価値観を持つファンダムが現れ始めているのだ。 誕生日の寄付に限らず、「推し」が発信した社会課題への関心に共鳴する形で、ファンが寄付活動を主導する例もある。

2015年、東方神起のメンバー・ユノがドキュメンタリー番組でガーナのカカオ農園を訪れ、児童労働の実態に心を痛めながら「ガーナの子どもたちに関心を寄せてほしい」と発信すると、ファンから一挙に寄付金が集まり、ガーナに「ユノ・ユンホ教育センター」が設立された。この共感の輪は日本国内のファンにも広がった。ガーナ等で児童労働の撤廃に長年取り組んでいる日本のNGO・ACEのSNSには、番組が放映された後、過去に類を見ないほど多くのリアクションがあったという。アーティストの影響力によって、児童労働問題に関心を持つ人が急速に増えたのだ。近年のSNSなどの発展で、ファンダムが社会課題に関してファンドレイズ(寄付集め)を行う能力は一層強化されている。

1日で100万ドルの寄付を集めたBTSのファン

2020年に、BTSのファンたちがたった1日で100万ドルの寄付を集めた実績は記憶に新しい。当時、Black Lives Matter(BLM)運動への支援を表明したBTSメンバーと所属事務所のBig Hit Entertainmentは、100万ドル(約1億900万円)の寄付を行った。これに呼応した世界中のBTSファンたちは、SNSを駆使して同額の募金を集めるオンラインキャンペーンを組織し、24時間という驚くべきスピードで目標を達成したという。「推し活」でつながったファンダムの強い結束力が寄付や社会貢献に向かった時、そのパワーとスピードは、長年にわたり社会課題に取り組んできたNGOを凌駕するほど圧倒的なものになる。このように、寄付を通じて「推し」に「名誉」を贈りたい、「推し」と共に社会貢献したい、といったファンの思いを後押しする企業も出てきている。

韓国の大手芸能事務所・JYPエンターテインメントは、自社のアイドルを応援するファン向けに「JYP Fan’s EDMデビットカード」を発行した。ファンがこのカードを利用するごとに、使用金額の一部が難病の子どもたちの支援活動にアイドルとファンダムの名前で自動的に寄付されるというものだ。本連載の中でも推し活市場の急拡大について触れてきたが、消費に流れる大量の推し活マネーを寄付市場に上手く引き込めれば、NPOなどのソーシャルセクターにとっては大チャンスだ。ファンダムという強力なファンドレイザー(資金調達人)を味方につけることで、社会課題解決を急加速させられる可能性がある。さらに、「推しのため」と「社会のため」を同時に追い求める一部のファンたちは、「推し」本人にも「社会の手本」であってほしい、と模範的な行動を求めるようになってきている。

「推し」にも社会貢献を求め始めたファンダム

例えば韓国では、社会の模範となる活動をする芸能人をソーシャルテイナー “Socialtainer(Social+ Entertainer)”という造語で称える風潮があり、多くの人が、憧れの対象である芸能人に対して高い倫理観や利他的な行動を求めている。大手芸能事務所SMエンターテインメントでは、所属するアイドルや練習生の教育カリキュラムに人権や気候変動について学ぶプログラムを組み込み、NGOと協働したり、ボランティア機会を設けたりと、ソーシャルテイナーの育成に力を入れている。一部のファンにとって、「推し」への期待はパフォーマンスの質やエンターテインメント性だけでなく、社会に貢献しているか、模範的な振る舞いが伴っているかといった点にまで及んでいるのだ。

「推し」の社会貢献活動を称えると同時に、その言動に監視の目を光らせるファンダムもある。BTSのメンバー・ジョングクが2023年にリリースした曲「3D」において、共演アーティストによる歌詞が「アジア人女性への蔑視だ」と問題になった際、ファンの間では所属事務所やレーベルに謝罪と公式声明を求める運動が巻き起こった。同様に、欧米でもアーティスト本人の言動に対して直接働きかける動きがSNSを中心に盛んになっている。イスラエルのガザ攻撃に関して沈黙している著名人のアカウントをブロックするよう呼びかける、SNS上の反戦ムーブメント「#blockout2024」はその代表例だ。悲惨な人道危機を前に、自分たちの影響力を積極的に活用しようとしない著名人たちへの不満の表れであり、このムーブメントでテイラー・スウィフトやキム・カーダシアンは何十万人ものSNSフォロワーを失ったとされる。

現代のファンたちは、一方的に供給されるコンテンツを受動的に消費し、盲目的に応援するのではなく、「推し」の活動が道徳や倫理に反すると判断した際には積極的に正そうと行動を起こす。ここに、「推し」とファンとの双方向的な新たな関係性が生まれている。アーティストやマネジメント企業にとって、ファンダムは一番の味方であると同時に「厳しい監視役」でもあるのだ。

強固な連帯と統率が生み出す「ファン・アクティビズム」

「同じ推しを持つファン」の連帯の強さと統率力が社会変革の原動力になりうることから、近年では「ファン・アクティビズム(ファンダムによる社会運動)」という概念も注目されている。

その元祖とされるのが、「ハリー・ポッター」シリーズのファンによって2005年に設立された非営利団体「Fandom Forward」だ。“fans into heroes(ファンをヒーローに)”というビジョンの下、ファンの情熱とポップカルチャーの力を活用した社会変革を目指して、気候危機や人権、ジェンダー課題等に関する多くのプロジェクトを世界的に展開している。例えば、ハリー・ポッターシリーズの映画化を手掛け、グッズ等の製造も行うワーナー・ブラザーズに対して、オリジナルのチョコレート製品をフェアトレード原料に切り替えるよう要請するプロジェクトを立ち上げた。40万人のファンが署名等の行動を起こし、最終的にはシリーズの著者J.K. ローリングや、奴隷制度撤廃に取り組むNGOを巻き込んだ大規模な活動に発展。2014年、ワーナー・ブラザーズに「チョコレート製品をフェアトレード認証等のサステナブルな原料に切り替える」と宣言させることに成功した。

そして今、こうした「ファン・アクティビズム」をリードする共同体として、最も存在感を増しているのがK-POPファンだ。BLM運動に対するBTSファンの寄付活動についてはすでに触れたが、2020年当時、SNS上では寄付に留まらないアクティビズムも同時に生まれていた。白人至上主義者たちが投稿した「#WhiteLivesMatter」というハッシュタグや人種差別的な発言を撃退すべく、K-POPファンたちがこのハッシュタグを用いて、アイドルの画像や動画などを数多くツイートしたのだ。「#WhiteLivesMatter」のタイムラインを「推し」のアイドルで埋め尽くすことで、人種差別的なツイートを埋もれさせることに成功したという。今や「消費者」の枠を超え、社会的影響力を持つ「アクティビスト」へと変貌を遂げたファンダムは、その強固な連帯と統率力で、社会変革の成功体験を世界各地で生み出している。

「推し活」が変える「寄付やボランティアをしない日本人」

「世界寄付指数(World Giving Index)2024」において、日本はワースト2位という不名誉な評価を受けている。これは「寄付をしたか?」「ボランティア活動をしたか?」などの質問に対する回答をイギリスの慈善団体Charities Aid Foundationが取りまとめ、国別ランキングにして発表しているものだ。対GDP比で見ても日本は先進国の中で圧倒的に寄付額が少なく、寄付文化が根付いていないことが、NPO等が社会課題解決を進めるうえで大きな障壁となっている。寄付市場が小さく、ボランティア活動等に参加する人も少ない日本において、「推し」関連の寄付や「ファン・アクティビズム」が台頭すれば、ソーシャルセクターにとって希望の光となる。

ファンダムは、単なる「応援者」から「社会変革の原動力」へと進化を遂げつつある。そして「推し活」が持つ影響力は、今後ますます大きくなっていくはずだ。このエネルギーをいかに活用できるかが、今後の社会課題解決の鍵となるだろう。

「推し活」市場でビジネスを展開する企業は、自社コンテンツを通じた社会貢献活動にファンが参加できるよう設計することで、そのインパクトを何倍にも増幅できる。NPO等のソーシャルセクターは、ファンダムに潜む資金・人財面での大きなポテンシャルに目を向け、積極的に連携することで強固な支持層を獲得できる可能性がある。

「推し活」は、私たちに日々の楽しみや生きがいをもたらし、生活を豊かにしてくれるものだ。一方で、本連載で見てきたように、過度にのめり込めば「推し活依存」を引き起こす可能性もあり、深刻なリスクにもつながりうる。特にコンテンツを提供する企業サイドは「推し活依存」を予防する責任を負い、健全な「推し活」市場を築いていくべきだ。また、同時に「推される側」の受けるプレッシャーや誹謗中傷など心身のリスクに対するケアも忘れてはならない。健全で倫理的な「推し活」の実現を前提としたうえで、この莫大なエネルギーと熱量を「社会に良い」「エシカルな」方向に向けられれば、社会課題の解決を加速させられる可能性があることも確かだ。

「推し」や自分のための喜びが「社会のため」になる、新しい「推し活」の好循環が、今後一つでも多く生み出されることに期待したい。

株式会社オウルズコンサルティンググループ
アソシエイトマネジャー
丹波 小桃

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