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REPORTS レポート
2024年8月27日

「推し活」をソーシャル・グッドにつなげるには…… 「エシカル推し活」が秘める大きな可能性(2024年8月 JBpress掲載)

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※2024年8月19日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。

オウルズコンサルティンググループメンバーによるシリーズ連載「推し活と倫理」(第3回)

「推しのためなら」経済をも動かす熱量の向かう先

第1回「可処分所得の4割を吸い尽くす推し活ブーム、その裏で増える推し活依存の深刻度」でも触れたように、「推し活」の代表たるアイドル・アニメの国内市場は併せて4000億円を超えた。「推し」がいる人は可処分時間・所得のいずれも4割近くを「推し活」にあてており、時間的にも経済的にも日常生活になくてはならないものとなっている。この傾向は特に若い世代で目立ち、Z世代を対象とした調査では、回答者の半数以上が月に5000円~3万円程度を推し活にあてているという。彼らの毎月の出費のうち、CDなどを含む「グッズ代」が全体の半数以上を占め、次いで「チケット代」等のイベント参加費が続く。「グッズを買う」という消費活動が、推しへの「応援の気持ち」の体現として定着していることが分かる。

各社は、この勝機を逃すまいと「推し活」を支援するグッズやサービスを次々に開発している。例えば、サンリオは「#推しのいる生活」というテーマのもと、ライブやイベントの「現場」を盛り上げる商品を多数展開している。うちわやトレカ(フォトカード)のケース、ネームタグなど、手持ちの推しグッズとサンリオキャラクターをカスタマイズして楽しめる商品が、推し活当事者である社員の目線で開発されているという。また、首都圏のファッションビルでは、期間限定のアニメやアイドルとコラボレーションしたカフェが人気を博し、全国各地から集まったファンたちが連日長蛇の列をなす。

一方で、消費活動の拡大による環境や社会への悪影響は、他のあらゆる企業活動と同様に、「推し活」でも決して無視できないテーマだ。グッズの大量生産・消費・廃棄による環境への負荷、安価なグッズを短納期で大量に生産するために製造現場にかかる負荷、ライブやイベント開催時の電力消費や遠方から集まるファンの移動に伴うCO2排出など、見過ごせない課題が多く存在する。特に若い世代の間では、「人や地球環境、社会に配慮すること」=「エシカル(倫理的)」が重要な価値観として広まり始めている。Z世代を対象とした調査では、「価格が高くなったり不自由になったりしても、消費行動を通じて社会の課題解決に貢献したい」と考える人の割合が、「貢献しなくていい」と考える人の割合を上回るという結果も出ている。このような価値観を持つ世代は当然、「推し活」においてもエシカルでありたいと考えるはずだ。市場が急拡大する今こそ、「推し活」消費をいかにエシカルに転換できるかが問われている。

ライブ参加で700万本の植樹!推しパワーで加速する社会貢献

「環境に良い方法を見つけるまでツアーはしない」

2019年、ロックバンドColdplayのボーカルであるクリス・マーティンは、新アルバムリリースの際にこう宣言して世間を驚かせた。彼らは、ツアーを持続可能なものにするだけでなく、環境にポジティブな影響を生み出す方法を1~2年間かけて検討すると約束した。そして2021年、「CO2排出量50%削減」を目標に掲げてツアーを再開し、2023年に目標を達成した。ライブ会場では、太陽光発電やファンが飛び跳ねることで発電できる特殊なフロアが採用され、ステージセットはすべて再利用可能な資材で組み立てられた。また、ライブ中にファンが身に着ける点灯リストバンドは100%堆肥化可能で、公演ごとに回収し再利用された。さらに、ライブチケット1枚の購入につき1本の植樹が行われ、これまでに700万本もの苗木が植えられたという。「地球環境を守る」という目標に世界中のファンを巻き込み、ファンと共に一丸となって取り組むことで、社会へのインパクトを何十倍にも増幅させたのだ。ファン側も「アーティストと共に課題解決に取り組んでいる」という実感が得られ、ライブの楽しさだけでない新たな喜びを体験したはずだ。このように環境保護の観点からファンに新たな体験価値を提供する動きは、グローバルアーティストの間ではすでにスタンダードになりつつある。

米国の環境団体Reverbは、Maroon 5、John Mayer、Billie Eilish等の大人気アーティストとパートナーシップを結び、サステナブルな音楽ツアーの開催を支援している。韓国では、K-POP業界の大手芸能事務所を中心に、資源消費を減らすためのCDのデジタル化が進んでいる。またK-POP大手事務所では、本来捨てられるはずの廃棄物に新たな価値を持たせる「アップサイクリング」の試みも近年盛んになりつつある。アイドルのコンサートで使用された装飾品(バナー)を再利用したオリジナルグッズや、ステージ衣装の一部を再利用したTシャツの制作・販売といった取り組みだ。企業にとっては循環型経済への貢献につながると同時に、ファンにとっては希少価値の高い、魅力的な商品となる。環境への負荷を減らしながら、企業とファンの双方に価値をもたらす上手い取り組みと言える。

人権問題を解決する「推し活×フェアトレード」

環境問題だけでなく、貧困や児童労働などの人権問題の解決についても「推し活」の貢献余地は大きい。地震や台風といった自然災害の多い日本では、被災地への寄付を行うチャリティコンサートの開催など、災害支援の文脈での取り組みは一般化しているが、「推し活」の可能性はこうしたチャリティ活動に留まらない。大手芸能事務所アミューズでは、若手俳優グループが、農家の貧困課題に取り組むimperfect株式会社と協働でオリジナルのチョコレート商品を開発している。ガーナでの持続可能なカカオ生産に取り組むimperfect社の理念に共感した俳優たちが、自分たちの影響力を活かすべくコラボレーションに動いた形だ。イベント等での販売を通じて、ファンに対してガーナのカカオ農家の抱える課題や「エシカル消費」の重要性を啓発している。この例のように、主に開発途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入し、立場の弱い生産者や労働者の生活改善と自立を目指す「フェアトレード」の考え方が、エンタメ業界でも注目され始めている。

K-POP大手のJYPエンターテインメントも、ステークホルダー向けの贈答品にフェアトレード認証コーヒーの引換券を選定するなど、フェアトレードに取り組む姿勢を見せている。まだグッズなどでフェアトレード製品を大々的に展開している例は稀だが、今後はそうした挑戦に踏み切る企業も現れるだろう。そもそも「推し活」グッズの多くはタオルやトートバッグ、Tシャツなど、コットンを原料とした製品だ。コットンには原産地での児童労働などの課題がつきものだが、フェアトレード認証コットンであれば様々なリスクを排除できる上、生産地の生活改善にも貢献できる。

今後、もし「推し活」グッズが一挙にフェアトレードへと舵を切れば、その社会的影響は計り知れないものとなるはずだ。

「エシカル商品は高い」を乗り越えるファンの熱量

通常、企業視点から見ると、エシカルなイベント運営やグッズ製作は短期的には単なるコストアップと捉えられがちだ。一部の若者世代を除き、消費者からも「エシカル商品は従来品より高額で、日常的には買えない」との声が上がることが多い。一方、それが「推し活」消費となれば話は別だ。「推し活」におけるファンのモチベーションを考えれば、多少の値上げで購買欲が大きく削がれることは考えづらい。例えば、グッズの原料がフェアトレードに切り替わったことで数十円~数百円値上げされたとしても、ファンの多くは推しのグッズである限り購入するだろう。購入することで「推し」と一緒に社会課題の解決に貢献できるとすればなおさらだ。

エシカル消費やフェアトレードに対しては、「意識が高い人たちだけのもの」「とっつきにくい」といったイメージが先行することも多い。しかし、もし自分の推しがそれらを支持していたら、一気に関心を持つ人も少なくないはずだ。連帯が強固なファンコミュニティの中で、推しを通じて社会課題を知り、共に「社会に良いこと」をする喜びを知ることは、エシカル消費の強力な支持層の誕生につながるだろう。企業側にとっては、社会貢献によるブランドイメージの向上に加え、ファンからのロイヤリティ獲得にも直結する。日々拡大し続ける「推し活」市場は、エシカルに転換できるチャンスに溢れている、広大なフロンティアと言えるのだ。

東日本大震災以降、困難に直面する生産者や企業を消費で支援する「応援消費」の考え方が国内で広く普及した。応援消費は「誰かの力になりたい」というモチベーションや「誰かの役に立てた」という満足感や体験に価値が置かれる。この点は(応援する対象こそ異なるものの)まさに「推し活」と価値を共有しており、親和性が高い。

今後は「エシカル推し活」の普及を通じて、「推し活」と「応援消費」の両面を持つ新たな社会貢献の形が広がっていくことを期待したい。自分の購入したグッズが「推し」だけでなく、他の誰かの応援にもつながっていると感じられること、そして「推し」と共に社会に貢献するという経験は、「推し活」に新たな体験価値を生み出すはずだ。強い熱量とモチベーションを持った「推し活」層こそ、今後のエシカル消費をリードし、社会課題解決を加速させる鍵となる存在なのだ。

次回(第4回)も、引き続き「推し活」の持つ社会変革パワーとその可能性について考察する。

株式会社オウルズコンサルティンググループ
アソシエイトマネジャー
丹波 小桃

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