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REPORTS レポート
2024年8月16日

「推し活依存」から消費者をどう守る? ギャンブル・ゲーム業界に学ぶ依存症対策(2024年8月 JBpress掲載)

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※2024年8月5日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。

 
オウルズコンサルティンググループメンバーによるシリーズ連載「推し活と倫理」(第2回)
 
前回の記事「可処分所得の4割を吸い尽くす推し活ブーム、その裏で増える推し活依存の深刻度」では、「推し活」ブームが加速する中、国内で顕在化しつつある「推し活依存」のリスクを取り上げた。推し活関連の事業を行う企業は、リスクの予防に取り組んでいく必要がある。直近ではホストクラブの悪質商法が国会で問題視され、今春から新宿・歌舞伎町のホストクラブで「売掛金(ツケ払い)」が禁止されたが、あくまでホストクラブに閉じた議論に留まっている。より広範な「推し活」業界でも、依存や浪費を防ぐための対策が議論されるべきだ。

 

今回は、健全で倫理的な推し活の実現に向けて、企業が取り組むべきことを検討したい。

 

「ギャンブル/ゲーム依存」の次は「推し活依存」?

 

依存症対策で大きく先行するのがギャンブル業界とゲーム業界だ。日本での依存症対策は、古くは薬物・アルコールといった「物質への依存」から、ギャンブル依存、そしてゲーム依存という「行動への依存(行動嗜癖)」へと対象を広げてきた。

 

特にゲームに関しては、2019年5月にWHO(世界保健機関)がゲームのやり過ぎで日常生活が困難になる「ゲーム障害」を国際疾病に認定し、注目を集めた。依存症支援の現場でも「ギャンブル依存からゲーム依存へ」と謳われ、ゲーム企業各社もギャンブル業界の取り組みを参考に対策を強化してきた流れがある。一例としてセガサミーホールディングスは、自社が取り組む重要課題(マテリアリティ)の一つに「依存症や障害を防ぐ」を掲げ、取り組みを進めている。ゲーム、遊技機(パチンコ・パチスロ)、カジノ事業などを行う企業として、依存症予防に取り組むことを重要な社会的責務と考えているゆえだ。

 

「推し活依存」をギャンブル・ゲーム依存に次ぐ新たな行動嗜癖と捉えるならば、まずはこうした両業界の取り組みに学ぶべきだろう。

 

 

リアル物販にも浸透し始めた「ランダム商法」

 

ギャンブル業界では、2018年に施行されたギャンブル等依存症対策基本法により、依存症予防への配慮が企業に義務づけられている。競輪などの車券を販売する「チャリロト」は、同法に則り、公式サイトで依存症の相談窓口やセルフチェックツールを案内している。ギャンブル依存は自分では制御できないことも多いため、家族からのサービス利用停止申請も受け付けているという。

 

ゲームには同様の法律はまだ存在しないが、日本の大手ゲーム企業のほとんどが加盟する業界団体・一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)が様々なガイドラインを策定し、自主規制を進めている。

 

ソーシャルゲーム等への課金について「未成年(18歳未満)には課金上限設定などを実施する」「ゲーム内に、未成年の課金に対する注意文言を掲載する」などを定めている。このガイドラインに則り、多くの加盟企業は未成年の課金額に上限を設けている。例えば、タカラトミーのスマホゲームでは、16歳未満は1カ月あたり5000円、16歳以上18歳未満は1カ月あたり2万円が上限だ。年齢を問わず課金が過熱しがちな「ガチャ」についても、透明性を担保するCESAガイドラインが存在する。「すべてのガチャアイテムの提供割合が分かる表示を行う」などの定めがあり、多くの企業はこのルールに従っている。

 

前回の記事で触れた通り、「推し活依存」は未成年で特に懸念されるリスクだ。推しに高額を「貢ぐ」ために、学生が危険に巻き込まれる例もある。推し活に関わるエンタメ業界でも、ゲーム業界にならい、未成年保護のガイドラインを設けていくべきではないか。

 

推し活の世界でよく見られる「ランダム商法」(商品を購入する際に中身がランダムで決まる販売手法)も、ゲームの「ガチャ」と同様の仕組みだ。スマホゲームでのガチャの普及に伴い、リアル物販でもランダム商法が増えたと言われ、「推しが出るまで買い続けるしかなく辛い」「金銭を過剰に搾り取る仕組みだ」といったファンの嘆きも近年よく聞かれる。ガチャと同様、今後はランダム商法にも一定のルールが求められるだろう。

 

 

「推し活依存」のメカニズムを研究せよ

 

適切な予防策のためには、「依存に陥る条件やメカニズム」自体を研究することも重要だ。前述したセガサミーホールディングスは、京都大学こころの未来研究センターと共同で、カジノ施設でプレイヤーのデータを収集し、「人が危険な賭けに至る前の兆候」を明らかにする研究を進めている。依存症の兆候があるプレイヤーを早期に発見し、深刻化を防ぐ仕組みや、施設内で自制を促すオペレーションを確立することで、啓発・予防から治療まで一貫した対策を目指すという。ゲーム業界でも同様の研究が進む。CESAなど業界4団体は、WHO(世界保健機関)による「ゲーム障害」認定の動きなどを受けて2019年5月に「ゲーム障害調査委員会」を発足し、2023年3月には調査報告書を発表している。

 

「推し活依存」に関しても、依存のメカニズムや条件を研究で明らかにすることで、対策を進化させられる可能性がある。企業が独力で取り組むのは難しくとも、複数社で連携したり、大学などの研究機関と協働したりすれば実現できるはずだ。欧米では「有名人崇拝(Celebrity Worship)」がもたらす健康被害の研究が進んでおり、参照できる部分もあるだろう。また、CESAなどゲーム業界4団体は、利用者への啓発にも力を入れている。「ゲームを安心・安全に楽しんでいただくために」との目的の下、子ども向けの啓発Webサイト公開や保護者・教育関係者向けの教材提供などを行っている。

 

前回、警視庁が若者向けに「過剰な推し活」の危険を周知している例を取り上げたが、今後はエンタメ企業や業界団体もこうした啓発活動をリードしていくべきだ。ファンに加え、「推し」本人(アイドル・配信者・クリエイターなど)の心身のリスクも無視できない。

 

 

4人に1人は中傷を経験、「推される側」のケア

 

「推される」対象であるアイドルやクリエイターは過酷な環境に置かれやすいが、適切なケアを受けられていない。一説には「アイドルの運動量はスポーツ選手並み」とも言われるが、現場でのケア体制が追いつかず、心身を壊すアイドルが続出している。また、YouTube等で活動するクリエイターの4人に1人が誹謗中傷を受けた経験があるとの調査結果もある。こうした「推される側」の心身のリスクについて、専門家がすぐにケアできる体制や、カウンセリングなどの支援を気軽に受けられる仕組み作りが必要だ。

 

ソニー・ミュージックエンタテインメントは、アーティストやクリエイターが創作活動に集中できるよう、スタッフまで含めて心身のケアを行うプロジェクト「B-side(ビーサイド)」を2021年に発足した。オンラインの医療相談やカウンセラーによる個別サポート、ワークショップ等を提供している。今後、日本音楽制作者連盟に加盟する約230社にも施策を展開予定だが、現時点ではトライアル段階だという。こうした取り組みがよりエンタメ業界全体に普及していけば、リスク低減に繋がるだろう。

 

こうした個別の対策が検討されてこなかったのは、日本のエンタメ業界で人権デューディリジェンス(事業を通じて及ぼしうる人権への悪影響を特定し、防止・軽減する取り組み)がほぼ行われてこなかったがゆえだ。昨今、旧ジャニーズ事務所の性加害問題の発覚などを受け、エンタメ業界の人権対応に厳しい目が向けられているが、まだ他業界に比べると大きく後れを取っている。各社が人権デューディリジェンスの仕組みを根本から整備することも必要不可欠だ。

 

 

「推し活先進国」の日本がすべきこと

 

近年では、海外でも「OSHI」という言葉が使われるほど推し活文化がグローバルに普及しているが、国や地域によって楽しみ方は異なる。

 

欧米の推し活はコスプレで好きなキャラクターになりきるなど「没入型」の要素が強く、日本の推し活はグッズや握手券を大量に購入するなど「消費型」の傾向が強いとも言われる。また、ファンとの距離感が密接な「地下アイドル」などの業態は、近しい推し文化を持つ韓国でもまだあまり普及しておらず、日本の独自性が強い。

 

「消費」を一種の美徳と捉える推し文化を持つ日本は、「推し活先進国」であると同時に、世界で最も「推し活依存」のリスクが高い国とも言える。海外に先例が存在しない以上、国内で独自に取り組みを確立していくしかない。健全な推し活の実現に向けて、ぜひ業界を挙げての取り組みを期待したい。

 

次回(第3回)からは、「推し活」のポジティブな側面に着目し、その圧倒的なパワーや熱量が社会貢献に繋がる可能性を考察する。

 

 

株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル
矢守 亜夕美

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