※2024年7月22日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。
オウルズコンサルティンググループメンバーによるシリーズ連載「推し活と倫理」(第1回)
可処分所得の4割を吸い尽くす「推し活」ブーム
「推し活」とは、特定のアイドルやタレント、キャラクターなどを応援する活動全般を指す言葉だ。応援する対象を「推し」と呼び、ライブやイベントへの参加、グッズの購入、ファン同士での交流などの活動、つまり「推し活」を楽しむ消費者が増えている。
博報堂が今年2月に発表した調査レポートによれば、今や日本では3人に1人が「推しがいる」と自認しており、若年層ほどその割合が高い。10代男性では57%、10代女性ではなんと83%が「推し」がいると回答している。「推し」がいる人は可処分所得の4割近くを「推し活」に使っているという。矢野経済研究所の調査によれば、推し活の主要ジャンルであるアイドル・アニメ市場は併せて4,000億円(国内)を超えており、その他の関連市場も含めて、近年の「推し活」ブームに伴う更なる拡大が期待されている。「推し活」は人々の生活を豊かにしてくれるものであり、日々の楽しみや生きがいをもたらしてくれる活動だ。「推し活」を通じて、新たな友人やコミュニティなど社会的なつながりを拡大することもできる。企業にとって大きなポテンシャルを持つ、魅力的な市場であることも確かだ。
だが近年、「過剰な推し活」および「推し活依存」への懸念が注目されつつある。楽しいはずの「推し活」が、推す側・推される側の尊厳や生活にリスクをもたらしてしまう例が増えている。
「推し活」と「倫理」の関係性を考える本連載の第1回として、本稿では、「推し活」に潜むリスクと課題を取り上げたい。
「投げ銭」で生活破綻する男性、親のカードを使い込む子どもも
昨年、「推し」への「投げ銭」がどうしても止められず苦境に陥った男性が、自宅に放火して逮捕された事件が話題を呼んだ。「投げ銭」とは、ライブ配信などで、ファンが好きな配信者やコンテンツに送金できる仕組みであり、近年普及した新たな「推し活」の形態だ。推しへの応援の気持ちを直接示せることに加え、直接お礼を言ってもらえたり、コメントを読んでもらえたりすることもあり、ファンとしての充実感に繋がる。
だが喜びが大きい分、依存性もきわめて強いようだ。先述の男性は、ライブ配信アプリ上で女性歌手を応援していたが、収入の約3分の1を投げ銭に注ぎ込み続けた結果、経済的に困窮して自殺を図り、自宅に火を放ったという。裁判の中で「やめたいけど、やめられなかった」「(投げ銭を)いっぱい投げれば(視聴者の間で)上位になったり、ハンドルネームを連呼してもらったりして、それが生きがいになってしまった」と、当時の心境を語っている。国民生活センターによると、投げ銭をめぐる相談やトラブルはここ数年で増加している。「のめりこんでしまい、高額の課金を払えなくなった」「子どもが親のクレジットカードを勝手に使い、多額の投げ銭を行っていた」などの相談が多く寄せられているという。手元にスマホさえあれば気軽に「推し」を支援できる反面、一歩間違えば課金の底なし沼に落ちてしまいかねない。また、逮捕された男性が語るように「推し活」が趣味の範疇を超えて依存の対象となった時、ファンは「自分には他に何もない」と思い込み、人生を犠牲にしてしまうことすらあるのだ。
「パパ活」が過剰な推し活の軍資金? 警視庁も懸念するリスク
「その『推し活』大丈夫?」「メン地下って知ってる?」
「推し活」が原因のトラブルに関する相談が続いた警視庁少年育成課は、2022年から若者向けにこんなチラシを作成している。近年、特に高リスクと見なされている「メンズ地下アイドル(メン地下)」と呼ばれる業界がある。「メン地下」はライブハウスなどでの活動を主とし、メンバーと会話できる「チェキ会」などの特典会を収益源の一つとするため、ファンとの距離がきわめて近い。未成年を含む若い女性ファンが「推し」の男性メンバーのために多額を注ぎ込むケースが増えており、「援助交際や売春のきっかけになっている」と危険性が指摘されている。
今年4月には、「メン地下」の男性メンバーに、ライブ会場に客として来た女子高校生の体を触らせたとして、タレント育成会社の役員2名が東京都の迷惑防止条例違反容疑で逮捕された。同社はライブ後の「チェキ会」で月に約1億円を売り上げていたが、その中でメンバーがファンの体を触るなどしていたことが問題視された。被害に遭った高校生は、5ヶ月間で約250万円をチェキ会などに使い、その資金はいわゆる「パパ活」で集めていたという。
特定のコンセプト(執事・学園・アイドルなど)に沿って男性キャストが接客を行う「メンズコンセプトカフェ(メンズコンカフェ)」も近年増えており、同様のリスクが指摘されている。法律上は飲食店の扱いで風俗営業にあたらないため、ホストクラブに行けない未成年も入店できるのが特徴だ。学生でも気軽に、かつ安価に「推し活」できるのが人気の理由とされているが、実態としてはホストクラブと変わらない店舗もある。2022年に大阪でメンズコンカフェ経営者が風営法違反で逮捕されたケースでは、当時16歳の少年を働かせるとともに、少年が客である15歳の少女に高級シャンパンなどを注文させ、代金を払えなくなると売春を指示していたことが発覚した。
2023年には「メン地下」やメンズコンカフェに関する警視庁への相談が約100件に及んだという。未成年の頃からこうした場所に通い、そのままホストクラブに大金を注ぎ込むようになる女性も少なくない。「推し活」という気軽な表現により、娯楽の範囲を超えた過剰な支出や危険な代償が意識されにくくなっている面がある。
こうした状況を受け、警視庁は「過剰な『推し活』は金銭の浪費、生活の乱れにつながります」と強く警鐘を鳴らすようになっている。
推し活に内在する「人を依存させる仕組み」
スマホ・SNS・ゲームなどの依存性の強さとその仕組みを考察した書籍『Irresistible(邦題:僕らはそれに抵抗できない―「依存症ビジネス」のつくられかた)』では、人が「行動嗜癖(特定の行動に依存し、やめたくてもやめられない状態になってしまうこと)」に陥りやすくなる要素を分析している。「少し手を伸ばせば届きそうな魅力的な目標があること」「ランダムな頻度で、報われる感覚(正のフィードバック)があること」「段階的に進歩・向上していく感覚があること」「強い社会的な結びつきがあること」などが主な要素であり、このうち複数を満たす娯楽は人を依存させやすいという。さらに、自分の心理的な苦痛を和らげる手段としてそれを利用することを学んでしまった場合に、人はその対象に最も依存しやすくなることも示されている。
「推し活」にも多様なバリエーションがあるが、多くのものは上記の要素を満たす。「推しに名前を覚えてもらう」などの魅力的な目標、ファンコミュニティ内での社会的結びつきや競争意識など、依存を招きやすい要件が揃っている。特に、推しとの距離感が近く双方向で交流できる場合ほど、本人からのリアクション(正のフィードバック)による喜びが得られやすい反面、依存のリスクも高い。ギャンブルやソーシャルゲーム、SNSなどの依存性の強さは既に多く指摘されてきているが、「推し活」も同種の仕組みの上で成り立っている以上、リスクが正しく認識されるべきだ。特に取り組みが求められるのは、「推し活」関連の事業を行う企業サイドだ。運営側に悪意が無かったとしても、「ファンの愛情や承認欲求を利用し、依存に陥らせるような仕組みになってしまっていないか?」と常に自問し、リスクの予防に取り組んでいく必要がある。
過激化した「推し活」は、ファンだけでなく「推し」本人の心身も疲弊させ、危険に晒すことがある。推される対象であるアイドルやクリエイターが、心身の不調を訴えて休養や引退に至るケースは枚挙に暇がない。常に「見られる」立場であるプレッシャー、一部の過激なファンからの攻撃やプライバシー侵害、過密なスケジュールなど、推される側は常時リスクの高い状況に置かれており、業界全体で更なるケアが必要だ。
推す側・推される側の双方が心身ともに健康な状態で活動できていなければ、持続可能な「推し活」とは言えないだろう。
健全で倫理的な「推し活」のために
2021年に芥川賞を受賞した小説『推し、燃ゆ』で描かれたのも、「推し活依存」のリアリティだった。主人公の女子高校生は、「推し」の男性アイドルに生活のほぼ全てを捧げているが、同時に、日々の暮らしの中で多大な生きづらさを抱えている。推しの存在を「生活の中心」であり「背骨」と表現する主人公は、推しの引退を受けて、「あたしから背骨を、奪わないでくれ」「推しがいなくなったらあたしは本当に、生きていけなくなる」と絶望を吐露する。推しのおかげで明日を辛うじて生きられる、という切実さと共に、推しに全ての救いを求めてしまう危うさが克明に描き出されていた。
誰かの「背骨」たりえるほどの強い影響力を持つからこそ、あらゆる「推し活」は健全かつ倫理的なものでなければならない。特に「推し活」ブームが一般化し、間口が大きく広がった今、「健全な推し活」の実現に向けて、関わる企業は細心の注意を払う必要があるだろう。
次回は、こうしたリスクにどのように向き合っていくべきか、他業界での企業の取り組みなども参照しながら検討していきたい。
株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル
矢守 亜夕美
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