• TOP
  • レポート一覧
  • ミセスのMV公開停止が浮き彫りにした、コンテンツのグローバル化に抜け落ちている視点(2024年6月 JBpress掲載)
REPORTS レポート
2024年7月22日

ミセスのMV公開停止が浮き彫りにした、コンテンツのグローバル化に抜け落ちている視点(2024年6月 JBpress掲載)

PDF DOWNLOAD

※2024年6月29日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。
 
 

人気バンドのMVが「差別的」とされ公開停止

 

2024年6月12日、人気バンド、Mrs. GREEN APPLEの新曲「コロンブス」のMVに「歴史や文化的な背景への理解に欠ける表現が含まれていた」として、動画の公開が停止されたという出来事があった。

 

公開停止となったMVは、それぞれコロンブス、ナポレオン、ベートーヴェンに扮したバンドのメンバー3人が南の島を訪れ、そこに住む類人猿とホームパーティを楽しむというストーリーであった。MV自体は楽しげな雰囲気のものだったが、コロンブス一行が南の島を“発見”したり、類人猿に楽器の弾き方や騎乗技術などを“教育”したり、類人猿が引く人力車にメンバーが乗ったりと、植民地主義や奴隷制を想起させるような内容であったため、「植民地主義を肯定している」「人種差別をエンタメ化している」といった批判の声が次々に上がった。最終的にMVは公開停止となり、構想の提案や意匠の監修を務めたボーカルの大森元貴氏は謝罪文を発表することとなった。Mrs. GREEN APPLEが所属するユニバーサルミュージックも、併せて謝罪文を出している。

 

Mrs. GREEN APPLEは国内有数の人気バンドで、「グローバルでも活躍できる」と期待されてきた実力派であるだけに、音楽界にとっても残念な出来事だったと言えるだろう。このMVの問題点については、“炎上”後に各所で論じられているので深くは立ち入らないが、日本のエンタメ業界において、今回のようなトラブルは初めてではない。コンテンツを海外にも積極的に発信していくことが求められている昨今、同様の問題を防ぐためにはどうすればいいのだろうか。

 

 

音楽業界で顕在化しやすい「人権リスク」

 

まず前提として認識しておきたいのは、国内のエンタメ業界において、今回のような「表現における人権リスク」を巡るトラブルはしばしば起きているということだ。

 

例えば、2023年12月、ダンスボーカルグループ「THE RAMPAGE」の新曲「SOLDIER LOVE」の振り付けや歌詞が「軍国主義や侵略を想起させる」と批判を浴びた。それを受けて、所属事務所であるLDH JAPANは歌詞と振り付けの一部を変更し、同曲の収録が予定されていたベストアルバムの発売延期を決めた。さらに遡れば、過去には人気アイドルグループ「欅坂46」のメンバーがハロウィンの仮装のために着た衣装がナチスの制服に酷似しており、国内外から批判を浴びて“炎上”するという事案もあった。制作側としては意図したものではなかったかもしれないが、国際社会から見て「人権や倫理の観点から、常識を疑うような表現」をしてしまうという問題はたびたび起きている。

 

一方、米ウォルト・ディズニーや傘下のピクサー・アニメーション・スタジオなど、グローバル展開を前提としたコンテンツを長年にわたり制作している大企業は、こうした「表現を巡る人権リスク」の問題に敏感だ。両社は、自社が制作するコンテンツについて何重もの「カルチャーチェック」を実施する体制を整えている。ここで言うカルチャーチェックとは、作品で取り扱うテーマの文化的・歴史的な背景を深く理解するのはもちろんのこと、そうした背景を持つ社内外のメンバーを起用したり、その分野に詳しい専門家のチェックを受けたりする取り組みだ。例えば、2017年にピクサーが制作した「Coco(邦題:リメンバー・ミー)」がその好例だ。

 

 

ピクサーが「Coco」で直面した大炎上

 

「Coco」の舞台となったメキシコでは、11月1、2日に「死者の日」という祝祭が行われる。亡くなった家族を偲び、感謝し、そして生きている家族との絆を深めるという、日本のお盆にも似た伝統的な風習である。「Coco」は、この「死者の日」を題材として世界中で大ヒットした。ピクサーは「Coco」を制作するにあたり、メキシコへの現地調査に加えて、ラテン文化にルーツを持つ社内メンバー、マンガ家やメディア戦略家、30~40人のボランティア・アドバイザーからの視点などを積極的に取り入れた。また、映画の中で描かれる文化的要素を専門家の視点からチェックするための「Cultural Trust」チームを立ち上げ、複数の文化コンサルタントが脚本の細部からキャラクターデザインまで、すべてをチェックしたという。メキシコ固有の文化を扱うために、その歴史的背景やメキシコ人が「死者の日」に持つ想い、その社会的な意味などを深く理解することに努めたということだ。

 

だが、実はピクサーも最初から万全を期していたわけではない。「Coco」の原案タイトルとして、ピクサーは当初「Dia de los Muertos(死者の日)」というフレーズを考えていた。そして「Dia de los Muertos」をそのまま商標登録しようとしたところ、「メキシコの伝統的な祝日への法的所有権を得て商業化することは不適切であり、失礼だ」として大問題に発展。カルチャーチェックの必要性を痛感したピクサーはCultural Trustの導入を決めたという経緯があった。日本人は自国の文化などが海外で模倣されることに比較的寛容だが、特に植民地主義や白人至上主義について内省を繰り返してきた歴史のある欧米社会では、ある国の文化や風習を扱う際に、その文化に対する理解やリスペクトを持たず表面だけをなぞれば「文化の盗用(cultural appropriation)」と見なされて強い批判を浴びる。上記の「Coco」企画当初の大炎上もその例だ。こうしたリスクや批判に直面してきたからこそ、カルチャーチェックの仕組みや体制を抜本的に強化するに至ったというわけだ。

 

 

ディズニーは「古い作品の中の差別」とどう向き合っているか?

 

先に述べたディズニーも、ピクサーと同様に様々な批判を浴びる中で、表現や演出における人権の問題を意識し、取り組みを強化してきた経緯がある。例えば、1953年に公開されたディズニーの長編アニメ「ピーター・パン」には、ネイティブ・アメリカンの蔑称である「レッドスキン」という言葉が出てくる。他にも「ダンボ」など昔の作品には、今の価値観に照らしてみれば差別的と取れる表現が少なくない。

 

こうした過去の作品に対する批判を前に、ディズニーは「Disney+」での配信の際に、過去作品に含まれる差別やステレオタイプな見方について警告するメッセージを出すようになった。それも、当初は「この番組は、当時制作されたものをそのまま掲載しています。時代遅れの文化的描写が含まれている場合があります」という表現に留まっていたが、2020年からは「この番組には、人々や文化に対する否定的な描写や虐待が含まれています。これらのステレオタイプは、当時も今も間違っています」と、より踏み込んだ警告になっている。加えて、「コンテンツを削除するのではなく、その有害な影響を認め、そこから学び、より包括的な未来を共に創るための会話を喚起したい」とのメッセージも追加されている。

 

このメッセージは、ディズニーが推進する「Stories Matter」というイニシアティブの一環として発信されており、「過去を変えることはできないが、過去を認め、学び、明日を創造するために共に前進する」ための宣言と位置付けられている。過去作品を公開したいがための単なるエクスキューズではないのは明らかだ。このように、ディズニーやピクサーは、様々な失敗を繰り返しながら「エンタメ作品における人権や倫理、文化の扱い方」という問題に向き合ってきた。その結果として、コンテンツに対するカルチャーチェックなど、内部統制のための仕組みを強化してきたのだ。

 

 

K-POP大手も人権リスクのチェックに注力

 

こうした取り組みは、K-POPを世界に輸出している韓国でも一部先行している。BLACKPINKなど著名なK-POPアーティストが所属するYGエンターテインメントは、従来のサステナブルレポートに加えて、「SUSTAINABLE CONCERT REPORT」(持続可能なコンサートに関するレポート)を公表している。レポートによれば、同社は独自のコンテンツ管理フレームワークを設け、歌詞・振り付け・舞台挨拶などのアーティストのパフォーマンスや、画像・映像・衣装・舞台装置などについて「多様性を尊重し、現在の社会的背景について思慮深く反映されているか」を確認している。

 

具体的な取り組みの例としては、チェックリストを設け、「コンサートの中に明示的または暗示的な差別的内容が含まれていないか」などを常に確認しているという。 もちろん、K-POPの世界も完璧というわけでは決してない。例えば、K-POPの軸をなすHIPHOPやストリートダンスはブラックカルチャーに起源を持つため、ブラックカルチャーに対する敬意を欠いた表現がしばしば批判の的になっており、人権や文化の尊重に関してはまだ道半ばだとの指摘も多い。それでも、先の「SUSTAINABLE CONCERT REPORT」のように、業界が抱える課題を課題として認識し、対処しようという姿勢があるのは確かだ。

 

一方で、日本のエンタメ業界では、そういった取り組みはまだ充分に進んでいない。今回のMrs. GREEN APPLEのMVや楽曲を巡るトラブルにしても、関わったレーベルや広告代理店などの中で人権や倫理、文化の観点から専門家がチェックを徹底する体制があれば、制作段階で軌道修正が図られていたのではないか。

 

 

日本のアーティストが世界に羽ばたくために

 
YOASOBIやCreepy Nuts、Adoなどの楽曲がグローバル配信市場でヒットを記録しているように、日本発のアーティストも世界で勝負できる土壌は整ってきている。Mrs. GREEN APPLEのMVも、公開当初から英語字幕が付いていたところを見るに、グローバルでの成功を見据えていた可能性がある。ただ、グローバル市場に打って出るためには、やはり人権や倫理といった観点でもグローバル基準に沿うことが求められる。より大きな市場を獲得するために、またアーティストを守りブランドを確立するためにも、クリエイティブを「アーティストやクリエイターの感性任せ」にせず、事務所やレーベルなど関係各社がリスク管理の仕組みを強化していくことが必要だ。

 

Mrs. GREEN APPLEが代表曲「ダンスホール」の中で歌うように、「この世界はダンスホール」と捉えるならば、世界中のあらゆる人々が、性別・人種・出自・障がいの有無などを超えて笑顔で共に踊れる空間を創ることこそ、エンタメ業界の重要な責務と言えるだろう。そのためにも、業界全体で一層の取り組み強化を期待したい。

 

 
株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル
矢守 亜夕美
 

執筆協力
 
アソシエイトマネジャー
丹波 小桃
 
シニアコンサルタント
玉井 仁和子
 

 

関連サービス

/contact/