米大統領選挙戦で加熱する「米国第一」競争~「トランプ化」進むバイデン政権の通商政策(2024年4月 JBpress掲載)
※2024年4月25日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。
「もしトラ」リスクはすでに顕在化
2024年11月5日の投票日が近付くにつれ、民主党のジョー・バイデン大統領と共和党のドナルド・トランプ前大統領による米大統領選挙戦は激しさを増している。現政策の継続が見込まれるバイデン氏勝利の場合よりも、国内政策から外交政策に至るまで、大きな政策転換が予想されるトランプ氏勝利の影響への関心が高まっているのは自然なことだろう。もしトランプ氏が再選したらどのような政策が打ち出され、日本や日本企業はどのように対応すべきか。いわゆる「もしトラ」リスクだ(図表)。
(図表)
2025年1月の次期大統領の就任に向け、日本だけでなく世界が「もしトラ」リスクへの備えを始めている。しかし、注意しなければならないのは、「もしトラ」リスクは次期大統領就任前にもその影響が生じるおそれがあり、すでにその一部は顕在化しているということである。現政権の政策への批判を強めるトランプ氏への対抗上、バイデン政権が政策の修正を図っている。その意味で、「もしトラ」リスクはすでに影響を及ぼし始めていると言えるだろう。
激しさ増す「米国第一」競争
選挙戦では、バイデン氏とトランプ氏は、どちらがより「米国第一」であるかを競っている。両氏はともに、自らの政策がより米国の産業を守り、労働者を保護し、雇用を創出すると訴えている。トランプ氏は、政権批判を強め、その実行可能性の高低を問わず、当選した場合に実行する新たな政策を打ち出している。他方、現在政権の座にあるバイデン氏は、政策を実行できる立場にあり、その実績が問われている。気候変動(脱炭素)政策のように、両氏の政策が真っ向から対立するものもあるが、移民政策のように、トランプ氏が主張する政策を取り込む形でバイデン政権が政策の修正を図るものもみられる。政権発足以来、寛容な移民政策をとってきたバイデン政権は、不法移民急増への国民の不満が高まり、トランプ氏が国境封鎖や「国境の壁」建設、不法移民の摘発強化・強制送還等を主張する中で、中止していた「国境の壁」の建設再開の方針を表明するに至っている。
同様のことが通商政策においてもみられる。4月17日のバイデン大統領の演説は、これを如実に示すものであった。選挙の帰趨を大きく左右する、いわゆる激戦州(swing states)のひとつであるペンシルベニア州ピッツバーグにある、全米鉄鋼労働組合(USW)の本部で行われたこの演説でバイデン氏は、トランプ氏よりも「米国第一」であることを示すべく、保護主義色の強い措置を打ち出した。
USスチール買収問題への慎重姿勢
演説ではまず、日本製鉄によるUSスチール買収問題に関する慎重な姿勢を再確認した。2023年9月のレイバー・デイに同州フィラデルフィアにおいて、バイデン氏は自身が「米国史上最も労働組合寄りの大統領」であると自負したが、今回もこの言葉を繰り返した。そして、米国にとっての鉄鋼産業の重要性を強調した上で、「USスチールは1世紀以上にわたって米国の象徴的な鉄鋼会社」であり、「国内で所有され、運営される、完全に米国の企業であり続けるべきだ」と訴えた。これは、3月14日に発表した声明を再確認するものであった。USWが本件に反対し、トランプ氏が再選時には本件を「直ちに阻止する」との姿勢を明らかにしている中で、これは現職大統領として、同盟国・日本にも配慮した精一杯の発言と言えるだろう。
バイデン氏による3月14日の声明発表後、同20日にUSWは大統領選でバイデン氏を支持することを表明した。米選挙に関する世論調査を集計しているウェブサイト「270toWin」によれば、ペンシルベニア州を含む激戦7州ではこれまで、トランプ氏がバイデン氏に対してわずかながら優位を保っていたが、直近に行われた5機関による世論調査の結果を平均すると、ペンシルベニア州では2ポイント差という僅差ではあるものの、バイデン氏がトランプ氏に対して優位に立った(4月18日時点)。
なお、今回の演説を受け、翌18日に日本製鉄とUSスチールは共同ステイトメントを発表した。そこでは、「USスチールは米国の会社であり、本社はピッツバーグで変わりません。輝かしい社名も変らず、原料採掘から製品製造まで米国で行われるメイド・イン・アメリカであり続けます」、「雇用を守ります。工場閉鎖も行いません。また、生産や雇用の海外移転は行いません」といったことが表明されている。
対中301条鉄鋼関税に引き上げ検討
次に、対中301条鉄鋼関税を現行の3倍に引き上げることを検討するよう米通商代表に求めた。
バイデン氏は、中国政府による長きにわたる中国鉄鋼企業への補助金が過剰生産を生み出した結果、中国製鉄鋼が不当な安価でグローバル市場に輸出され、米国の鉄鋼労働者の雇用を奪ったと主張し、「もう二度とこのようなことは起こさせないと約束する」と訴えた。そして、トランプ政権期に課された、1974年通商法第301条に基づく対中関税の見直しを現在行っている米通商代表に対し、中国の反競争的貿易慣行が認められた場合には、現行平均7.5%の対中鉄鋼関税率を3倍に引き上げることを検討するよう求めた。これに関する米政府の説明資料(ファクトシート)では、「鉄鋼は米経済の屋台骨」、「米国製鉄鋼は、米国の経済・国家安全保障に不可欠」であることが強調されている。
さらに、バイデン氏は、「中国製鉄鋼(及びアルミニウム)が、これらの関税を回避するために、メキシコを経由して米国に輸入されている」ことに対処するため、メキシコに協力を求めた。キャサリン・タイ米通商代表は2月、メキシコから米国への鉄鋼輸出増と、メキシコの第三国からの鉄鋼輸入に関する透明性の欠如に対して即座に意味のある措置をとるようメキシコ政府に要求した。その際には、現在撤廃されている1962年通商拡大法第232条に基づく鉄鋼製品への追加関税の再発動をちらつかせた。メキシコ政府は米国の要求に応えるとともに、米国が追加関税を再発動した場合には、報復措置をとることを示唆している。
海事・造船分野の301条調査開始
続いて、中国の海事・造船分野での不公正貿易慣行に関する1974年通商法第301条に基づく調査の開始を表明した。同調査はUSWを含む5つの労働組合が要請していたものであり、同分野における中国の非市場的政策・慣行により、米産業が損害を蒙っているというものだ。米通商代表部(USTR)が公聴会やパブリック・コメント等を通じて今後調査を行う。また、中国に対してはすでに協議を要請している。
バイデン氏は、「我々は、米国製品を世界中に運ぶ商船に依存している」、「造船は、米海軍の強さを含む、米国の国家安全保障にとって不可欠である」と、同分野の重要性を強調した。
「バイ・アメリカン」の強調
最後に、バイデン氏は、連邦政府による公共事業や調達において、米国製品の使用を優先する「バイ・アメリカン」に同政権が積極的に取り組んでいることを強調した。
バイデン氏は、「バイ・アメリカン」は法律で規定されているにもかかわらず、前政権を含む過去の政権がこれを守って来なかったとして、「我々が作るものはすべて、米国製品で、米国人労働者で作る」と訴えた。また、2021年11月に成立した、5,500億ドルのインフラ投資を含むインフラ投資・雇用法に基づくプロジェクトは、「米国製鉄鋼とコンクリートのような米国製物品を使用し、高賃金労働、労働組合員の雇用を作り出す」と繰り返した。
同法にはその一部として、製造業の国内回帰と高賃金労働の創出を目的とした「ビルド・アメリカ、バイ・アメリカ法」が含まれている。バイデン政権はこれまでに、連邦政府機関の調達における国内調達率を従来の55%から段階的に引き上げ、2029年には75%とすることを決めたり、米連邦政府資金が用いられるインフラ・プロジェクトに使用される鉄鋼・同製品、製造品、建設資材が「米国製品」であるための要件を厳格化したりしてきたが、今回この点をトランプ政権との違いとして強調した。
バイデン政権の通商政策の「トランプ化」
バイデン氏とトランプ氏は選挙戦で「米国第一」の通商政策を競い、現職大統領であるバイデン氏は保護主義的措置を次々と打ち出している。ただし、これまでのバイデン政権の政策は、連邦政府主導による産業政策、つまり補助金を活用した投資に重点が置かれていた。バイデン氏はこれまでに、同政権下で成立したインフラ投資・雇用法、気候変動・エネルギー安全保障対策に3,690億ドルを投じるインフレ抑制法、半導体製造・研究開発支援のために527億ドルを確保したCHIPS・科学法を挙げ、これらが米国内産業の強靱化と雇用創出につながっていることを訴えてきた。今回の米政府の説明資料にも、「バイデン大統領は、前政権とは著しく対照的に、米国の鉄鋼と製造業に歴史的な投資を行っている」と、トランプ政権との違いを強調している。
しかし、今回の演説に象徴されるように、選挙戦におけるトランプ氏への対抗の必要から、バイデン政権の通商政策がトランプ氏の主張に近づく「トランプ化」が生じている。米国内産業の強靱化や経済安全保障の強化と、雇用創出につながる外国企業による投資を歓迎してきたバイデン政権のこれまでの姿勢からすれば、日本製鉄によるUSスチール買収に反対する理由は本来ないはずだ。しかし、買収阻止を明言するトランプ氏から労組票を守るためには、トランプ氏の主張を無視することはできない。それが今回の演説でも表明された慎重姿勢につながっている。
対中関税措置の活用
「トランプ化」という点では、バイデン政権が301条関税の活用に動き出したことが懸念される。「タリフマン」を自称するトランプ氏は、大統領として301条関税や1962年通商拡大法第232条に基づく追加関税を大いに活用した。それは、他国からすれば、国際通商ルールを無視する濫用と言えるほどであった。
バイデン氏はこれまで、トランプ政権期に導入された関税措置を継続したものの、新たな関税措置の導入には抑制的であった。しかし、最近では、特に中国からの輸入に対する新たな関税の導入や関税率の引き上げに向けた動きが出てきている。対中301条鉄鋼関税の引き上げの検討や海事・造船分野の301条調査開始はそうした動きの一環と捉えられる。
米商務省は、2024年1月にレガシー半導体(現世代及び成熟ノード半導体)に関する対中依存状況の調査を開始した。同調査は、「中国によってもたらされる国家安全保障上のリスクを低減する」ことを目的としている。調査結果に基づく措置を予断することはできないが、米産業界や議会からは、中国製レガシー半導体への関税賦課を求める声が上がっている。
4月にジャネット・イエレン財務長官が訪中した際には、電気自動車(EV)やリチウムイオン・バッテリー、ソーラーパネルの中国による過剰生産が米国と世界の企業及び労働者に悪影響を与えているとして、中国側に政策転換を求めた。中国側はこれに反発しているが、中国がこれに対処しない場合は、追加関税賦課も含めて、いかなる対応策も排除しないとイエレン長官は述べている。
他方、バイデン氏は演説の中で、トランプ氏が主張している「普遍的基本関税」(universal baseline tariffs)の導入を強く非難した。トランプ氏は、大半の輸入品に10%の関税を課す方針を示しているが、バイデン氏は、これが実行されれば「米国の消費者に大きな打撃を与えかねない。平均的な家庭で年間平均1,500ドルの負担になる」と批判した。
したがって、トランプ氏が主張するような、対象国も対象品目も広範にわたる関税措置の導入には至らないとみられるものの、バイデン政権が今後中国に対して対象品目を一定程度絞った関税の導入・関税率の引き上げを進めるリスクがある。
バイデン氏とトランプ氏が選挙戦において、「米国第一」や対中強硬姿勢を競う構図は投票日まで続くだろう。バイデン政権が今後打ち出す保護主義的措置には要注意である。その意味で、「もしトラ」リスクへの対応がすでに必要となっている。
株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル(通商・経済安全保障担当)
菅原 淳一
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