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REPORTS レポート
2023年9月13日

「地政学リスク」を経営計画に反映させる5つの指針(2023年9月 JBpress掲載)

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「地政学リスク」を経営計画に反映させる5つの指針(シリーズ連載第1回)

いま多くの企業が中期経営計画の策定にあたり、こぞって専門家にかけている問いがある。それは「米中対立はいつまで続くのか。改善するのか」という国際情勢の見通しだ。

結論から言おう。2023年に策定する中期経営計画の対象期間では、抜本的な米中対立の改善は期待することは困難だ。いま起きている米中対立は、もはや国際収支の不均衡是正を目的とした「貿易摩擦」ではない。米国のトランプ前政権が掲げた大義の中核はあくまでも「米国の貿易赤字解消・雇用確保」という経済的論点だったが、いまや対立の構図は「黒字国」対「赤字国」ではなく、「自由・民主主義陣営」対「専制体制陣営」という価値観の相違によるものだ。この対立の渦中にあるウクライナやその他NATO加盟申請に動きだした国にとっては、まさに国家存亡の岐路とも言える歴史の大きな節目にある。

中期経営計画におけるベースシナリオとしては、中国や米国またはロシアや台湾など渦中の政権が今後数年で一新される国際情勢の絵姿は前提にできない。米中を始めとした価値観の異なる陣営の対立が、形を変えながら中長期に続く前提で企業がとるべき方策を考える必要がある。これまでとは全く異なる外部環境分析を前提とする次の中期経営計画。

ビジネスを自衛するための、そして新たな機会を掴むためのポイントを整理しよう。

※2023年9月1日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。

指針1:地政学リスクは「汎用品」にまで及んでいる。あらゆる企業が「自分事」と捉えよ

米中対立やロシアによるウクライナ侵略の影響を受けるのは、軍事転用可能な最先端ハイテク製品だけだ――こう考えている企業は要注意だ。まずはこの誤解を解いて、当事者意識を持つ必要がある。

米中間で多発する国境を越えた経済安全保障上の法規制は、昨今、食品・衣料品や量産型の電子部品などの「汎用品」に対しても及んでいるのだ。自社製品・サービスが該当する可能性も高くなっているほか、自社商材が組み込まれる顧客のビジネスが新たに規制対象となっているかもしれない。軍事用途の技術や製品が輸出入や投資の規制対象となるのは従来どおり。民生品でありながら軍事転用も可能なデュアルユース品が同様の規制対象となることもここ数年に始まった動きではない。重電メーカーやハイテク企業において、「貿易管理部」と言えば以前から大きな発言力ある専門部隊だ。

ところが、2022年6月から施行されている米国の「ウイグル強制労働防止法(UFLPA)」は、「綿花」「ポリシリコン」「トマト」を高リスク品目に指定しており、規制の執行措置を受けた上位業種はエレクトロニクス、アパレル・フットウェア・テキスタイルなど汎用品も含むものだ。地政学リスクの視点が新彊ウイグル自治区における「人権」問題に集まったことで、この地区で生産される生活用品やその素材が広く規制対象となった形だ。ウクライナへの侵略を進めるロシアへの輸出規制品目には2022年3月から「奢侈(贅沢)品」という整理が加わった。時計や絨毯、スーツケース等がこれに含まれる。

「うちの会社は半導体を作っていないから地政学リスクは関係ない」という認識は2023年らしくない。あらゆる企業のビジネスが「自分事」と捉える時期に入りつつある。

指針2:変化し続ける「パッチワーク型」規制に対応する体制を構築せよ

「もう法務部だけでは、通商ルールへの対応が間に合わない」。2023年に入って、急速にこうした焦りの声が多く聞かれるようになった。

理由のひとつは、ごくシンプルに法務や貿易管理の部門が「忙しい」というもの。「遵守しなければいけない新たな規制が急に増えた」という背景によるものだ。規制対象の「リスト」という言葉だけでも大変に散らかってきた。米国の規制だけでも「エンティティ・リスト」「SDNリスト」「未検証エンドユーザーリスト」など多くがあり、これに対抗する中国のものも「外商投資ネガティブリスト」「市場参入ネガティブリスト」「信頼できないエンティティ・リスト」など、日に日に増えている。昨年来、ウクライナへ侵攻したロシアには輸出してはいけない奢侈品(ぜいたく品)リストができており、この品目は輸出元の国によって異なる――このようなルール動向を即時把握して洩れなく対応するほど、法務部に潤沢な要員はいない、というわけだ。つらいのは「予見可能性」がどんどん失われつつあることだ。もはや米国ですら体系立った通商政策に沿って規制を増やしている状況ではない。主要国の施策の応酬の中で「パッチワーク」型に新たなルールが生まれていることが困難の根底にある。

もうひとつの理由は、「もともと法務部が詳しいわけではない」テーマが増えてきたというものだ。「環境」や「人権」に起因する新たなルール動向やその事業影響は、法務部による一元管理を前提としたリサーチでは非効率になる場合も多い。事業部門や環境テーマに詳しいエンジニア部門が連携して対応するインテリジェンス体制を構築することが必要だ。中国の監視カメラ大手「ハイクビジョン」の事例では、新疆ウイグル自治区で住民を日常的に監視しているとされるカメラに、日本企業7社の部品使用が指摘された。これら7社に対するサプライヤーからすれば、この人権侵害リスクは「顧客の顧客」に関するものだ。担当の営業チームが判断するには障壁が高い。現場から本社リスク管理部門まで連携した体制が不可欠となる。

「専門的なテーマなので法務部よろしく」では対応できないのが現在の地政学リスクだ。経営課題としてこれに対応する体制を構築しなければならない。

指針3:デジタルの世界も分断が進む。イノベーション進化とどう両立させるか

デジタルの世界でも分断は進む。様々な目的でデータを巡る規制が生まれつつある。研究開発はもとより、マーケティングや営業も含む「データの防衛」に新たな思考が必要だ。

欧米は主として「個人」の人権尊重や消費者保護を目的としたルール整備を進めるのに対して、中国はデータを「国家」の戦略的資源として防衛・利用する方針を打ち出す。特にデジタル分野では世界で統一のルールを遵守する見通しが立たない。ここでの難しさは、テクノロジーやサービスの進化とルール形成の方向が真逆とも言えることだ。SNS等の消費者向けサービスも企業が活用するソフトウェアも近年クラウド型での進化が進み、特にグローバルビジネスでは国境をまたいだクラウド統合が利便性に直結してきた。AIを含むビッグデータを活用したビジネスでは、広い範囲のデータ収集・分析が競争力の根幹となる。これに対して、「デジタル分断」を余儀なくされる地政学リスクへの対応は、GAFAMを始めとする巨人も手探りで進めているところだ。データの保護や国境を越えた利用を確保できるよう、市場や開発拠点を再評価する必要が生じている。

まずは今年中に、データに関する規制リスクが顕著に高い中国のビジネスについては対策しなければならない。個人情報保護法では一定量以上の個人情報を取り扱う事業者に対し、個人情報の域内保存義務が課される。データセキュリティ法では研究開発データを含む重要データの越境移転を制限され、データの国外移転には当局の認可を得る必要がある。

最もコストの低い国のサーバでデータ管理すればよい時代ははるか昔のこと。ビジネス環境としての信頼性が最も高く、データ移転の柔軟性も確保された拠点を見つけなければならない。

指針4:地政学リスクに伴うコストアップへの対処が経営の腕の見せ所

コンサルティングの現場において、企業による地政学リスク対応の真剣度を見定めるモノサシがある。それは、重要サプライチェーンの一部が「コストアップする」覚悟を経営が持っているかどうかだ。

昨今のグローバルな物価高においてコストアップを避けたいのはどの会社も同じ。それでも地政学リスクへの対応には、一足飛びに開発生産拠点のシフトとまでいかなくとも、サプライヤーの多様化や在庫ポリシーの変更など、一定のサプライチェーン冗長性に伴うコスト増を覚悟する必要がある。

ではコストアップの分、利益を減らして耐えれば良いのか。そうではない。地政学リスクに晒されている重要サプライチェーンのコストは増えたとしても、製品やサービスのラインナップの整理などで事業全体のコストアップを避けるのが経営手腕の見せ所だ。

そして経営としては、この未曽有の地政学リスクに伴う対応への理解をステークホルダーにきちんと求めなければいけない。例えば「台湾有事」の可能性への対応をするならば、その必要性やBCPの責務について堂々と(個別の国や地域に対する言及の有無は判断によるが)株主や顧客に語るべきだ。人知れずこっそりと地政学リスク対応のコストを甘受して最終決算を傷めるだけなら、本社部門の力不足と言わざるを得ない。既に「気候変動対策」によるコスト負担はステークホルダーから理解され、顧客からの支持にもつながるようになった。有事を想定したBCP整備も企業の評価を高める時代にしなければならない。

指針5:グローバルサウスの取り込みが加速。そこで生まれる事業機会を獲得せよ

地政学リスクの拡大は事業のリスクやコストを増大させるだけではない。深刻度を増す米中陣営の対立に対して現状中立的な立場にあるいわゆる「グローバルサウス」には、多くの新たなビジネスチャンスが生まれている。米国・中国それぞれがグローバルサウス各国への影響力強化を目的とした支援も拡大が続く。

G7の立ち上げた「グローバル・インフラ投資パートナーシップ(PGII)」は総額6,000億ドルに及ぶ具体的なプロジェクトの集大成だ。再生可能エネルギーによる発電設備の強化から、交通インフラの整備、医薬品や医療品へのアクセス改善、スタートアップ支援まで分野は多岐に渡る。対象となる地域もアフリカ、インド、南米、東南アジア等広範だ。対する中国も「中国・中央アジアサミット」や「中国・アフリカ協力フォーラム」の枠組みの中でデジタルイノベーションなどの経済協力を進めている。日本政府の取組はもとより、EU等も含めた海外政府の事業も注視し、投資機会を獲得していく検討を本格化すべきだ。自社事業を活かした新たな官民連携の提案も歓迎されるかもしれない。

これまでのビジネスは「平時」の中で切磋琢磨してきた。そこでは「顧客」を学ぶ「マーケティング」が信頼すべき教義だったかもしれない。だが今は「有事」を意識した経営をしなければならない。「地政学」と聞いて「本社の専門家が勉強していること」程度の認識では生き残れない。

何年かのちに「日本企業が地政学リスクに一番うまく対応した」と世界から賞賛されるようにしよう。当事者は我々自身だ。

株式会社オウルズコンサルティンググループ
代表取締役CEO
羽生田 慶介

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