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2023年8月22日

米国の対中投資規制に関する大統領令(2023年8月 JBpress掲載)

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2023年8月9日、その時期と内容に注目が集まっていた米国の対外投資規制に関する大統領令にバイデン大統領が署名した。中国(香港・マカオを含む)を対象とし、規制対象となる産業分野や投資形態は限定されたものとなった。議会等の規制推進派と産業界等の規制反対・慎重派の板挟みになりながら、中国との関係悪化も避けたいバイデン政権が見出した「落としどころ」を示したものといえるだろう。同規制は今後パブリック・コメント等を経て、内容を具体化していく必要があり、実施にはしばらくの時間を要する。また、米国は同盟国等にも同様の規制導入を求めているが、他国が直ちに追随する状況にはない。しかし、今回の大統領令が米国及びその同盟国等と中国との戦略的・選択的デカップリングを進めることになるだろう。

※2023年8月15日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。

I.     バイデン政権による対外投資規制に関する大統領令

2023年8月9日、米国のジョー・バイデン政権は「懸念国における特定の国家安全保障技術・製品への米国による投資に関する大統領令」を発した[1]。米国企業による対中投資を規制することを主眼とする同大統領令は、対中規制強化を求める議会と、これに反対する産業界の板挟みとなりながら、中国との「管理された競争」とそのための関係改善を目指すバイデン政権がみつけた「落としどころ」といえるだろう。

バイデン政権下では、対中投資規制を求める法案が何度も議会に提出されてきたが、いずれも成立には至っていなかった。ただし、2022年12月29日に成立した2023会計年度包括歳出法は、財務省及び商務省に対し、「米国の国家安全保障にとって重要な特定の分野における米国からの対外投資に起因する国家安全保障上の脅威に対処するためのプログラムの確立」における両省の役割を検討するよう求めていた[2]

同規制を求める法案は当初、極めて広範な範囲の産業分野と投資を規制対象としていたため、産業界はこれに強く反発した[3]。その後法案は、対象範囲を限定するなどの修正が図られて議会に提出されていたが、上下両院で合意を得るには時間を要するとみられたことから、先行して大統領令による規制を実施する方向で調整が図られていた。

バイデン政権は、議会の理解を得られると同時に、米国企業への悪影響を回避し、中国との関係を不必要に悪化させることを避けるべく、規制を設計する必要があった。そのためには、規制対象となる産業分野と投資を国家安全保障の観点から真に必要な範囲に限定することが鍵であった。ジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官は、対外投資規制は「中核的な国家安全保障に関係する機微技術」を対象とするもので「中国が言うような技術封鎖ではない」、対象範囲を限定して保護するもの(“a small yard and high fence”)であって、デカップリングではなくデリスキングであると強調していた[4]

今回の大統領令は、規制の大枠を示したものであり、具体的な規制内容は今後財務省がパブリック・コメント等を経ながら策定していく。したがって、規制内容は現時点で確定しているものではないが、バイデン政権としては大統領令によって規制対象となる産業分野と投資を可能な限り限定的に捉える意向を示したといえるだろう。

II.   大統領令の概要

今回の大統領令は、「軍事、諜報、監視、サイバー対応能力にとって重要な機微・先進技術・製品を開発・利用しようとする懸念国が米国にもたらす国家安全保障上の脅威に対処する」ため、懸念国事業体への米国人による特定の種類の対外投資を禁止、または届出を義務付けるプログラムを確立するよう財務長官に指示するものである[5]。同時に公表された規制の諸要素に関する財務省案(Advance Notice of Proposed Rulemaking:ANPRM)が45日間のパブリック・コメントに付され、これに基づき、今後規制草案が策定されていくことになる[6]

今回規制対象となる投資先(「懸念国」)とされたのは中国及び香港・マカオのみとなっている。対象分野は、①半導体・マイクロエレクトロニクス、②量子情報技術、③人工知能(AI)の3分野に限定された。懸念国のこれら分野への米国人(米国法に基づき設立された企業等を含む)の投資につき、(1)懸念国の軍事等の能力を著しく向上させる可能性があり、米国に特に深刻な国家安全保障上の脅威をもたらす技術・製品に関連する投資は禁止、(2)米国の国家安全保障上の脅威となりうる技術・製品に関連する投資は届出が義務付けられた(図表)。①半導体・マイクロエレクトロニクスでは、電子設計自動化ソフトウェア(EDA)や半導体製造装置の開発、先進集積回路の設計・製造・パッケージング、スーパーコンピューターの設置・販売が投資禁止、非先進集積回路の設計・製造・パッケージングは届出義務の対象として財務省案に示されている。

対象となる取引には、持分取得(M&A、プライベート・エクイティ、ベンチャー・キャピタル等)、グリーンフィールド投資、ジョイント・ベンチャー、株式転換可能な特定の負債による資金調達取引が含まれる一方、公開有価証券、インデックスファンド等や米国親会社から子会社への企業内資金移動等を対象から除外することを検討するとされている。

パブリック・コメントでは、これらの財務省案につき、83もの質問が並べられており[7]、今後の規制策定の過程で修正されることが見込まれる。より広範な規制を求めていた議会からは、財務省案を非難する声がすでに上がっている。下院「米国と中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会」のマイク・ギャラガー委員長は、大統領に対して対象となる取引と産業分野をより広くするよう事前に求めていたため、財務省案は抜け穴が大きすぎるとして議会に行動を求めた。他の議員からも、既存の投資に遡及適用すべきだ、バイオテクノロジーやエネルギー分野も対象とすべきだ、などの声が聞かれる[8]。規制策定過程に加え、今後の議会における関連立法の動向にも注意を要する[9]

図表 対外投資規制に関する大統領令の概要

III. 米同盟国による対中投資規制

半導体等の輸出管理にみられたように、米国は対中投資規制に関しても同盟国・パートナー国が同様の規制を導入することを期待している。本大統領令の署名にあたり、米政府高官は、その内容について同盟国・パートナー国とも協議したこと、2023年5月のG7広島サミットにおいて対外投資規制の重要性を共有したことに触れている[10]。また、いくつかの主要な同盟国・パートナー国は本規制の効果を最大化するために同様のアプローチをとろうとしているとして、欧州連合(EU)、英国、ドイツの名を挙げた[11]

EUは、2023年6月に公表した経済安全保障戦略において、欧州委員会が対外投資規制案を2023年末までに提案することを目指すとしている。EUの対外投資による、軍民融合戦略をとる懸念国への技術流出のリスクを指摘し、対外投資規制の対象分野として先端半導体、量子コンピューティング、人工知能(AI)を例示している[12]。この例示された3分野は米大統領令の規制対象3分野と重なっており、米EU間で協議されていたことが推察される。ただし、欧州委員会は、米国に直ちに追随することはないとしている[13]

米国としては、日本にも当然に同様の規制の導入を期待し、求めているだろう。これについては、日本政府関係者の発言として、「基本的には同調することになるだろう」との報道もあれば[14]、「対中投資規制関連法令を改正するつもりはない」というものもある[15]。実態としては、日本が米国に追随したとしても、前者の日本政府関係者が指摘するように、「すでに半導体をめぐっては対中投資を控える動きが出ており、影響は少ないだろう」[16]とみられているが、日本政府が同様の規制を導入すれば、日本企業の対中ビジネス上のリスクは高まることになる。

中国の経済状況や反スパイ法をはじめとする国内規制の厳格化もあり、米国とその同盟国・パートナー国の企業は対中投資にこれまでより慎重な姿勢を示すようになっている。米国と同様の対中投資規制が近いうちに他国へと広がっていく状況にはないし、米国の規制自体もその実施にはしばらく時間がかかるとみられるが、今回の大統領令が企業の対中投資姿勢を一層慎重なものにし、米国及びその同盟国・パートナー国と中国との戦略的・選択的デカップリングを進めることになるだろう。これまでは大統領令の内容とその発令時期に関心が集まっていたが、今後は、米議会が規制対象の拡大で合意し、バイデン政権にその実行を迫ることになるか、また、中国への投資に実際にどの程度の影響を与え、中国がどのような対抗策を打ち出すのかといった点を注視していく必要がある。

[1] The White House, “Executive Order on Addressing United States Investments in Certain National Security Technologies and Products in Countries of Concern,” August 09, 2023.

[2] Department of Commerce, International Trade Administration, Outbound Investment Initiative, Report to Congress.

[3] “Trade, outbound investment talks continue in competition conference,” Inside U.S. Trade, June 27, 2022.

[4] The White House, “Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan on Renewing American Economic Leadership at the Brookings Institution,” April 27, 2023.

[5] Department of Treasury, “FACT SHEET: President Biden Issues Executive Order Addressing United States Investments in Certain National Security Technologies and Products in Countries of Concern; Treasury Department Issues Advance Notice of Proposed Rulemaking to Enhance Transparency and Clarity and Solicit Comments on Scope of New Program,” August 9, 2023.

[6] 前注に同じ。

[7] National Archives, “U.S. Investments in Certain National Security Technologies and Products in Countries of Concern,” An unpublished Proposed Rule by the Investment Security Office on 08/14/2023.

[8] Inside U.S. Trade’s China Trade & Tech, August 11, 2023.

[9] 米政府高官は、具体的な規制内容は(規制対象分野として3分野のみを明記している)大統領令と整合的でなければならず、規制策定過程で対象となる産業分野が追加されることは想定されないとしている。The White House, “Background Press Call by Senior Administration Officials Previewing Executive Order on Addressing U.S. Investments in Certain National Security Technologies and Products in Countries of Concern,” August 10, 2023.

[10] G7広島サミットの「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」には、「我々は、対外投資によるリスクに対処するために設計された適切な措置は、我々の機微技術が国際の平和及び安全を脅かす方法で利用されることを防止するために連携して機能する輸出及び対内投資に関する特定された既存の管理手段を補完するために、重要となり得ることを認識する」との文言が盛り込まれている(外務省「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」(仮訳)、2023年5月20日)。

[11] 注9に同じ。

[12] この点につき、菅原淳一「5つの“P”で語られたEUの経済安全保障戦略」、オウルズコンサルティンググループ、2023年7月6日参照。

[13] “EU treads cautious line over US investment bans on Chinese tech,” The Financial Times, August 10, 2023.

[14] 「米、対中先端投資を規制 半導体・量子・AI 軍事転用防止」、朝日新聞、2023年8月11日。

[15] “White House unveils ban on US investment in Chinese tech sectors,” The Financial Times, August 10, 2023.

[16] 注14に同じ。

株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル(通商・経済安全保障担当)
菅原 淳一

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