着実に広がるフェアトレード市場に勝機を見出す企業のサステナビリティ戦略(2023年5月 JBpress掲載)
2022年のフェアトレード市場は約200億円と日本でもじわじわ拡大中
※2023年5月13日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。
過去10年で最大伸び率の国内フェアトレード市場
毎年5月第2土曜日(今年は13日)は、「世界フェアトレード・デー」として世界中で発信・報道が行われる。ESG投資におけるEnvironment(環境)だけではなくSocial(社会)への注目も高まる中、遅れていた日本のフェアトレード市場も、徐々にではあるが拡大しつつある。
調査を行った認定NPO法人フェアトレード・ラベル・ジャパンによると、2022年のフェアトレード認証商品の推計市場規模は195.6億円と、2021年の157.8億円と比べて24%増と過去10年で最大の伸び率となった。市場規模の拡大幅で見れば、前年比38億円と推計史上最大の伸びである。
市場拡大の要因には、主要産品であるコーヒーにおいてカフェなどの業務用と小売用の商品の売上が共に拡大したことや、ノベルティとしてのフェアトレードコットン雑貨の活用拡大が挙げられ、それぞれ前年比122%と199%の伸びとなった。また、フェアトレードの紅茶やバナナ、チョコレートの販売店舗や商品が拡大した。いずれも好調な伸びを記録しており、紅茶においては前年比235%となった。
こうした伸びの背景には、SDGsの認知度の高まりがある。
認証コーヒーが全体の6割を占めるアート―コーヒー
電通の「SDGsに関する生活者調査」によると、2022年のSDGs認知率は86%と、2018年の14.8%の約6倍にも伸展した。日常生活における社会貢献活動を求める消費者のニーズが拡大する中、小売企業がサステナビリティ戦略の強化をし、その有効な手段としてサプライチェーン上の環境保護と生産者の人権配慮が担保されるフェアトレード認証商品の導入・拡充を進めるのは確実な戦術である。
事実、自社のサステナビリティ戦略における重要な取り組みとして、フェアトレード認証商品の開発や販売に取り組んでいる企業は少なくない。例えば、2016年にフェアトレード認証コーヒーの商品化に着手したアートコーヒーがそうだ。
コーヒー業界は、コーヒーの「2050年問題」に直面している。気候変動によってコーヒー豆の主要品種であるアラビカ種の栽培地が2050年には50%減少し、収穫量の減少や品質の低下が起きるとされる問題だ。世界で1日20億杯以上ものコーヒーが消費される中、世界第4位の消費大国である日本の消費者にとってもコーヒーの2050年問題は身近な課題だ。アートコーヒーの塩澤博紀社長も危機感を隠さない。
「生産地では極端な高温や低温、降雨や干ばつなどの異常気象が日常茶飯事に起きているようになっており、コーヒー生産の大部分を担う小規模農家を支援していく必要性を強く感じている。この問題は決して他人事ではなく、農業がサステナブルでないことは自分たちに跳ね返ってくる問題であると考えている」
アートコーヒーがフェアトレード認証のコーヒーに注力するのも、フェアトレードが小規模農家を対象にした制度で、生産者が組合を作り、改善策の立案と実行を推進する仕組みになっているからだ。同社では、フェアトレードを含む認証コーヒーの取扱量は全体の6割にも上る。フェアトレード認証コーヒーの出荷数量は、現時点で2017年比300%で推移しているという。
高いKPIが後押しするイオンのサステナブル調達
コーヒーに加え、紅茶やチョコレート、ジャム等のフェアトレード認証商品の開発を進めるのが、イオングループのプライベートブランドの開発を手掛けるイオントップバリュだ。「お買い物で気軽に国際貢献をしたい」という消費者の声を受け、2014年からフェアトレード認証商品の調達を開始した。
2021年には、プライベートブランドのチョコレートに使用するカカオやコーヒーを2030年までに100%フェアトレードなどに切り替えていくコミットメントを発表した。その挑戦的な目標に社内からは不安の声も上がったというが、宣言の前後では取り組みへの熱量に変化が現れたという。
「商品を開発する上で明確な数字目標があることは大きい」とイオントップバリュ戦略本部環境推進室 認証・イノベーショングループマネージャーの水越美登利氏はその効果を評価する。また同社は、企業理念のひとつである「お手頃価格」をフェアトレード商品においても実現するため、他の製品と同様に主に2つの企業努力を行っている。
まず物流コストの圧縮だ。中間業者を介さずに工場と直接取引をすること、また配送後のトラックの帰り便を利用するなどして仲介手数料の削減と物流の効率化を図っている。また、原料調達から店頭までのサプライチェーン全体の設計をすることで、各プロセスにおける無駄なコストの排除を実現。これらは、プライベートブランドを持つ小売業こその強みといえる。特にフェアトレードと有機のダブル認証の原料を使用したチョコレート商品においては、同業他社からもその価格の安さに驚きの声があがったという。
水越氏は、「フェアトレードなどに関心がない人たちに興味を持っていただくにはどうしたらよいのか、日常生活に近い小売業者としての役割を考えていきたい」とし、2030年の目標達成に向けた意気込みを見せる。
アクセス数が4倍になった楽天のサステナブル商品EC
楽天市場を運営する楽天グループは、2018年からフェアトレード認証をはじめとした8つの国際認証を取得した商品を販売する「EARTH MALL with Rakuten」を展開している。これは、楽天グループが策定したマテリアリティ(持続可能な社会の実現と長期的な事業の成長に向けて取り組むべき重要課題)のひとつ「持続可能な消費活動」を体現する事業である。
多くのユーザーを抱える楽天市場のようなプラットフォーマーがフェアトレード認証商品などに特化したECサイトを設けることは、サステナブル消費に関心のある消費者ニーズへの対応と、興味はあるものの行動には繋がっていない関心層の需要の掘り起こしの2つの意味において重要である。
もっとも、3億6000点以上の商品が揃う楽天市場において(※2022年4月時点)、現在登録されているフェアトレード認証商品の数は2000点に限られていると、楽天グループ常務執行役員Chief Well-Being Officerの小林正忠氏は指摘する。その上で、「世の中のサステナビリティへの感度が急速に高まる中、24%増というフェアトレード市場の伸びはまだ弱く、感覚としてはもっと伸びると感じている」と指摘する。
その打開策のひとつとして、いわゆる「ギフト」をバイラルマーケティングの形で進めることも一案だという。「お勧めのフェアトレード商品を周りの人にプレゼントすることで、購入が倍になる可能性がある」(楽天グループの小林氏)。楽天としても、母の日などの企画にフェアトレード商品を取り入れたり、出店事業者がサステナブルな商品についてより分かりやすい情報を提供し、消費者とのコミュニケーションを深めたりするなどの工夫に取り組んでいる。
アースモールへのアクセス数は直近の1年間で4倍増加しているのも、こうした工夫の結果だろう。「直接の商品開発や取引はないが、多くの楽天ユーザーと事業者の皆様を巻き込んでいけるプラットフォーマーとして、社会を一歩二歩進めていくために巻き込み力を全力で発揮していきたい」と語る。
世界に遅れる日本のフェアトレード市場の命運
企業の取り組みが拡大し過去にない伸びをみせる日本のフェアトレード市場だが、フェアトレード・インターナショナル本部があるドイツの規模と比較すると約17分の1に留まっている側面もある。一人当たりの年間購入額では、年間購入額が最も多いスイスの12,765円と比較し、日本は126円と100分の1以下の現状だ。
前述の電通の調査によると、SDGsの目標に繋がる何らかの実践をする意欲のある消費者の約5割が、「SDGsに関する商品やサービスに期待すること」として「身近にあって手に入れやすい」ことを挙げてている。一方で企業の立場から言えば「沢山作って売ろうとしても消費者が買ってくれるか分からない」のも事実だ。両者ともに歩み寄れていない現状がある。
変化への鍵を握るのは、流通・小売業だろう。
米国では小売大手ウォルマートが調達基準にサステナビリティに関する項目を追加したことで、取引先のメーカー等のサステナビリティへの取り組みが半強制的に強化され、業界の大きな変化に繋がった。小売が陳列棚に置いてくれるなら、メーカーはサステナブルな商品をつくる。そしてサステナブルな商品を多く目にするようになれば、消費者の理解や関心もさらに上がる。特に日本では、小売の権限が強い業界パワーバランスゆえにゲームチェンジを起こしうるはずだ。とはいえ、忘れてはいけないのは、企業を動かす力を持つ大きな存在が、顧客である私たち消費者だという点だ。
「取り組みを拡大するためには消費者をはじめとしたステークホルダーの理解と後押しが必要」と話す企業の担当者は多く、それ以上に「消費者の要望があったから着手した」という背景を持つ企業は少なくない。フェアトレード認証商品を取り扱う企業の取り組みを拡大させるために、消費者の声と行動は大きな力となることの証左だ。
5月13日の世界フェアトレード・デーにあわせて、5月の1カ月間に実施される「フェアトレード ミリオンアクションキャンペーン」の目的は、企業と消費者がそれぞれの取り組みや要望を共有し、両輪となって環境と生産者を守るビジネスの循環を構築することにある。企業はフェアトレード商品の開発や販売、情報公開を強化する。消費者はフェアトレード商品の購買や情報拡散のほか、企業への感想や要望を寄せることも重要なアクションとなる。
1年後、5年後、10年後の日本のフェアトレード市場はどうなっているのか。その未来を創るのは、ビジネスパーソンであり消費者である私たちだ。
株式会社オウルズコンサルティンググループ
ソーシャルPRスペシャリスト
若林 理紗
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