さらに進む米国の人権関連通商措置の強化(2023年5月 JBpress掲載)
米国の人権重視の外交・通商政策が一層厳格化の方向に向かっている。バイデン政権は、世界中での人権保護を国家安全保障の確保と並ぶ外交・通商政策の目的に位置付け、中国に対しても非妥協的な態度で臨むことを明らかにした。トランプ政権以降続く強制労働等の人権侵害への関与を理由とした輸入禁止や輸出規制等の通商措置は、バイデン政権下で強化され、輸入差止件数や輸出規制対象事業体数は着実に増加している。「人権の安全保障化」により、今後さらにこれら法規制の厳格化や通商措置の運用強化が進むとみられ、日本企業もその対応に一層積極的に取り組む必要がある。
※2023年5月11日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。
I.妥協を許さぬ人権保護
2023年4月20日にジャネット・イエレン米財務長官が行った対中政策演説は大変興味深いものだった。1年前の演説は、「フレンド・ショアリング」という用語を広く世に知らしめることになったが[1]、今回際立ったのは人権重視の姿勢だろう。ジョー・バイデン政権は、発足当初から外交における人権重視の方針を明らかにしていたが、今回の演説でイエレン財務長官は、バイデン政権の対中政策の第一の目的として米国の国家安全保障の確保と人権保護を掲げた。そして、中国とのグローバル課題への対処における協力の重要性を指摘した半面、「国家安全保障同様、人権保護では妥協しない。この原則は、米国が世界にいかに関与するかの基礎となる」、「米国は世界のどこであっても、人権侵害を防止・抑止するために手段を講じ続ける」と明言した[2]。
米国はこれまでも、人権侵害に関与した個人・組織への経済制裁や、強制労働や児童労働によって生産された製品の輸入禁止、人権侵害を助長する用途に用いられる製品・技術の輸出規制等、様々な手段を講じてきたが、なかでも輸入禁止や輸出規制等の通商措置が足元で一層強化されている。
II. 増大する輸入禁止件数
米国では、1930年関税法第307条により、強制労働(児童労働含む)によって外国で採掘、生産、または製造されたすべての商品の米国への輸入が禁止されている。同条及び関連規則に基づき、国土安全保障省税関・国境取締局 (CBP)長官は、同条該当商品が輸入されている、もしくはその可能性がある場合は、輸入許可を保留するよう命じることができる(違反商品保留命令(Withhold Release Order:WRO))。同条は近年積極的に運用される方向にあったが、バイデン政権下で一層積極的に運用されるようになった。2018会計年度(2017年10月1日から2018年9月30日まで)に同条に基づき差し止められた貨物は6件、21.8万ドル相当であったが、2022会計年度には2,398件、4億6,600万ドル相当へと急増している(図表1)。
マレーシア企業によるパームオイルや使い捨て手袋、インド企業による衣類などについて近年WROが発せられているが[3]、差止件数・金額が急増した大きな要因は、中国における強制労働に関連する輸入品の差し止めが増えているためである。
ドナルド・トランプ前政権下の2019年9月以降、中国・新疆ウイグル自治区での強制労働によって生産されたとして、衣類や髪製品、綿製品、トマト製品、コンピュータ部品、シリコン関連製品等の企業の製品を対象に12件のWROが発せられていた。同措置は、日本のアパレル企業の商品(綿製男性用シャツ)が輸入差し止めになったことで、日本国内でもよく知られるようになった。さらに、2021年12月23日にウイグル強制労働防止法(UFLPA)が成立し、2022年6月21日より同法に基づく輸入差し止めが始まった。同法により、中国・新疆ウイグル自治区において、もしくは特定された事業体(「UFLPAエンティティ・リスト」)によって、全部または一部が採掘され、生産され、または製造された物品には、1930年関税法第307条に基づく輸入禁止の推定(「反証可能な推定」)が適用され、輸入者が当該物品が強制労働によるものではない明確な証拠(clear and convincing evidence)を示さない限り、当該物品の輸入は認められないこととなった。
CBPによれば、2023年4月3日までにUFLPAに基づき、輸入が否認されたのは490件(2,782万ドル相当)、保留されているのは1,778件(5億4,172万ドル相当)、差止後解除されたのは1,323件(5億838万ドル相当)となっている[4]。否認件数の7割(輸入金額では約56%)は中国からの輸入であり、これにベトナム、マレーシアが続いている。マレーシアは件数では全体の2%に過ぎないが、輸入金額では2割を占めている(図表2左)。中国から直接輸入されているものだけでなく、ベトナムやマレーシアなどから輸入されている場合も少なからず否認されていることに注意を要する。
これを品目でみると、衣類・履物が件数では約6割、輸入金額で約1割を占めている。同品目に限れば、ベトナムからの輸入金額は214万ドルで、中国からの輸入の3.4倍となっている。電子機器は件数では4.5%だが、輸入金額では34%を占めている(図表2右)。現時点でハイリスク商品として、綿、トマトとともにポリシリコンが挙げられていることが[5]、電子機器等の件数・金額を押し上げているとみられている。
III. 人権侵害を理由とした輸出規制の拡大
生産者や輸出者、輸入者による強制労働が疑われる原材料・製品の排除が進めば、輸入否認の件数・金額は減少することも想定されるが、米議会にはUFLPAの現状の運用が十分に厳格でないとの不満の声があり、CBPによる運用が今後さらに厳しくなることも想定される。
米国は、人権侵害抑止のため、輸出に関しても米国の製品・技術が人権侵害を助長することのないよう規制を強化している。
その取り組みの一つとして、トランプ政権以降の輸出管理規則(EAR)の改訂がある。直近の2023年3月28日の改訂では、輸出審査時等に考慮される「米国の国家安全保障または外交政策上の利益」に、「世界中での人権保護」が含まれることが明確にされた[6]。
また、強制労働等の人権侵害への関与を理由にした「エンティティ・リスト」への事業者等の掲載も進められている。「エンティティ・リスト」とは、「輸出者がライセンスを取得しない限り、EARの対象となる物品等の一部またはすべてを受領することが禁止されている外国の企業等」のリストであり、「米国の国家安全保障や外交政策上の利益に反する活動を行う個人、企業、研究機関、政府機関など」が掲載される。リスト掲載企業への規制対象品目の輸出・再輸出等には事前許可申請が必要であり、当該申請は多くの場合原則不許可になる。前述のEAR改訂により、エンティティ・リストへの掲載事由として「世界中での人権保護」が考慮されることが明らかになった。
近年の人権侵害への関与を理由としたエンティティ・リストへの企業等の掲載には、①中国・新疆ウイグル自治区での強制労働等への関与と、②ミャンマー軍政下の人権侵害への関与を理由としたものが多くみられる。
中国に関しては、人民解放軍の現代化への関与を理由に多くの組織・企業がエンティティ・リストに掲載されているが、
①中国・新疆ウイグル自治区での強制労働等への関与を理由としたものでは、トランプ政権下で2019年10月9日に新疆ウイグル自治区公安庁等の20の政府機関と監視技術関連等の8社がエンティティ・リストに掲載された。この後、監視技術や遺伝子解析等の関連企業や強制労働に関与した企業等が追加され、トランプ政権下では計52組織・企業がエンティティ・リストに掲載された。バイデン政権下でもこれは継続され、直近では2023年3月28日に5社が追加され、これまでに計30社が掲載されている。
②ミャンマー軍政下の人権侵害への関与では、2021年2月の軍事政権成立以降、国軍関係者への経済制裁やミャンマー向けの輸出管理の強化と並行して、エンティティ・リストへの企業等の掲載が進められた。2021年3月8日に国防省・内務省等4組織を掲載したのを皮切りに、軍事政権による人権侵害に関与したとして、これまでに計4回にわたって14組織・企業がエンティティ・リストに掲載されている。直近では、2023年3月28日に軍事政権に人権侵害に用いられる装備等を提供したとして3社がエンティティ・リストに掲載された[7]。
IV. 同志国連携の推進による多国間化
米国は、こうした人権関連規制の強化を同志国(like-minded countries)にも求めている。日米間では、2023年1月6日に「サプライチェーンにおける人権及び国際労働基準の促進に関する日米タスクフォース」の設置が合意され、協力覚書が署名された。同タスクフォースは、「企業によるサプライチェーン上の人権尊重及び国際的に認められた労働者の権利の保護等の促進を目的に、ガイダンス、報告書、ベストプラクティス、教訓、法令、政策、執行実務などについて相互に情報共有していくことなど」に取り組むこととされている[8]。2023年4月19日には、来日中のキャサリン・タイ通商代表がサプライチェーンのあらゆる段階における強制労働問題に対処すべきことを訴え、同タスクフォースや現在インド太平洋14カ国が参加して交渉が行われている「繫栄のためのインド太平洋経済枠組み(IPEF)」を通じて、日米両国が協力して世界のリーダシップをとると強調した[9]。
日本をはじめとする同志国との二国間の取り組みに加え、米国は複数の同志国と取り組みの多国間化を進めている。「輸出管理と人権イニシアティブ」は、監視技術等の人権侵害に用いられる技術の拡散防止のための輸出管理の強化に関する協力を目的に、2021年12月に立ち上げられた。当初は、米国とオーストラリア、デンマーク、ノルウェーの4カ国が参加し、カナダ、フランス、オランダ、英国がこれを支持した[10]。
2023年3月30日には、同イニシアティブの下で「行動規範(Code of Conduct)」が公表された。これは、深刻な人権侵害を助長する物品やソフトウェア、技術の拡散を防ぐために輸出管理を適用するという、参加国の政治的コミットメントを示す自主的で拘束力のないものとされ、軍民両用品目の輸出管理において人権侵害への利用可能性を考慮すること、自国の民間部門に人権デュー・ディリジェンスの実施を奨励することなどをその内容としている。日本を含む25カ国が本行動規範を支持した[11]。
人権関連の規制、特に輸出管理等の通商措置は、その実施国が増えるほど効果が大きくなるものであり、米国は今後もこうした取り組みの多国間(レジーム)化と参加国の拡大を図っていくとみられる。
V.「人権の安全保障化」による取り組みのさらなる強化
「民主主義を強化し、人権を擁護する行動は、米国にとって極めて重要である。それは、そうすることが米国の価値に合致しているからだけではなく、民主主義の尊重と人権の擁護が世界の平和と安全保障、繁栄を促進するからである」。バイデン政権が2022年10月に公表した『国家安全保障戦略』にはこう記されており[12]、バイデン政権にとって世界における人権保護の促進は、国家安全保障の確保と不可分のものと位置付けられている。こうした「人権の安全保障化」によって、冒頭に示したイエレン財務長官の言葉のように、米国にとって人権保護は妥協を許さぬ問題となっているのである[13]。
したがって、バイデン政権による、サプライチェーンからの強制労働の排除といった人権保護のための措置は、今後もさらなる強化が続くと見込まれる。世界各国で人権デュー・ディリジェンスの法制化等の人権保護の取り組みが進められているが、米主導による同志国の連携による取り組みの多国間(レジーム)化も進められるとみられる。特に輸入禁止や輸出規制といった通商措置は、日本企業の事業活動にも影響をもたらす。
「ビジネスと人権」については、日本では、2023年4月4日に経済産業省から「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」が発表された[14]。今後日本国内でも、「ビジネスと人権」への政府や企業の取り組みが一層本格化していくとみられるが、日本企業は米国等の動向にも注意を払い、これに積極的かつ能動的に対応していく必要がある。
[1] U.S. Department of Treasury, “Remarks by Secretary of the Treasury Janet L. Yellen on Way Forward for the Global Economy,” April 13, 2022.
[2] U.S. Department of Treasury, “Remarks by Secretary of the Treasury Janet L. Yellen on the U.S.- China Economic Relationship at Johns Hopkins School of Advanced International Studies,” April 20, 2023.
[3] その後是正措置がとられたとして、WROがすでに解除されたケースも多い。US CBP, “Withhold Release Orders and Findings List”.
[4] CBP公表数字は、総数と内訳の総和が異なっているが、本稿では内訳を基に計算している。
[5] US CBP, UFLPA Operational Guidance for Importers, No. 1793-0522, June 13, 2022.
[6] US National Archives, “Additions to the Entity List; Amendment to Confirm Basis for Adding Certain Entities to the Entity List Includes Foreign Policy Interest of Protection of Human Rights Worldwide,” Federal Register, 88 FR 18983, 03/30/2023.
[7] 2023年3月28日のエンティティ・リストへの追加掲載には、中国・新疆ウイグル自治区関連とミャンマー関連に加え、ニカラグアでの人権侵害に関与したとしてニカラグア国家警察も含まれている。前注参照。
[8] 経済産業省「サプライチェーンにおける人権及び国際労働基準の促進に関する日米タスクフォースに係る協力覚書に署名しました」2023年1月7日。
[9] 「米USTRのタイ代表、東京都内のパタゴニア店舗を視察、人権重視を強調」、『ビジネス短信』、2023年4月20日、独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)。
[10]The White House, “Joint Statement on the Export Controls and Human Rights Initiative,” December 10, 2021.
[11]US Department of State, “Export Controls and Human Rights Initiative Code of Conduct Released at the Summit for Democracy,” March 30, 2023.
[12] The White House, The National Security Strategy, October 2022, p.17.
[13]「人権の安全保障化」につき、川瀬剛志「米国・香港原産地表示要件事件パネル報告—価値外交がもたらす人権の安全保障化とWTO体制—」、Special Report、2023年1月5日、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)。
[14] この点につき、矢守亜夕美「サプライチェーン上の人権侵害排除に本腰を入れる政府が埋める外堀」、JBPress, 2023年4月20日、及び、オウルズコンサルティンググループ「ビジネスと人権」チーム「【解説レポート】経済産業省 ビジネスと人権 実務参照資料:解説と実践に向けたアドバイス」、2023年4月19日参照。
株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル(通商・経済安全保障担当)
菅原 淳一
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