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REPORTS レポート
2023年4月21日

再エネ発電量が化石燃料を上回った欧州、その裏にある敗北と戦略(2021年7月 JBpress掲載)

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※2021年5月~7月にかけてJBpressに連載した「地政学としての気候変動」の記事を一部変更して掲載しています。

 

「2050年カーボンニュートラル宣言」に至る20年のプロセス

2021年6月13日に閉幕したG7サミットで、温暖化ガスの排出削減対策が取られていない石炭火力発電の新規輸出支援を年内で終了することが合意された。議長国のイギリスが各国での石炭火力発電の全廃を提案したことがきっかけだ。イギリスはEUを脱退したが、脱炭素起点の成長戦略「欧州グリーンディール」を掲げるEUと立場は同じだ。いまや、グリーン成長は欧州諸国の至上命題となっている。

 

そもそも、欧州の「環境」との関わりは、工業化に伴う激しい環境汚染と公害を経験した過去にさかのぼる。東西ドイツ、ポーランド、英国等で排出される大気汚染物資が原因となり、1940年代から北欧諸国では酸性雨が降り始め、60 年代には自然環境への被害が深刻化した。また、同じく1960年代、工業化が進んでいたドイツのライン川上流で水質汚染が進み、下流のオランダの農業と漁業に被害がもたらされた。上流国での汚染が、下流被害国との間の国際問題に発展したのだ。環境問題は国境を超える。地理的に近接する国々で構成される欧州では、多国間で協議するという素地ができ、環境への関心が醸成されていった。

 

しかし、欧州が環境に古くから注力したことは分かるが、「欧州グリーンディール」のように、なぜ他国に先んじて脱炭素を産業政策に昇華し、「2050年カーボンニュートラル」を宣言できたのか。これは、実は1980年代から90年代にかけてアメリカの後塵を拝し、産業競争力が低下したことへの焦りから始まっている。

 

I. 製造業でもイノベーションでもアメリカに相手にされなかった欧州

まず、当時についてアメリカの視点から欧州を捉えると面白い。アメリカの産業政策で重要な役割を果たした『ヤング・レポート』、『パルミサーノ・レポート』では、欧州は全く意識されていなかったのだ。

1985年、レーガン大統領が設置した諮問委員会「産業競争力委員会」が、『ヤング・レポート』(正式名称『Global Competition The New Reality』)を発表した。米国の産業政策の転換点のひとつとされており、実際に米国の通商政策やハイテク政策に多大な影響をもたらした。『ヤング・レポート』は、アメリカの産業競争力の低下の要因は製造業にあるとの政策を提言した。「小さな政府」を目指すレーガン政権には即時には受け入れられない側面もあったが、二期以降に徐々に取り入れられ、『ヤング・レポート』以降に米国製造業の国際競争力が回復したとされる。ここで、「アメリカは、欧州よりも経済的に優位であることに甘んじるべきではない。日本を始めとするアジア諸国を経済的脅威と認識すべき」と明言されている。

1985年の『ヤング・レポート』から約20年が経過して競争環境が変化したことを背景に、2004年、競争力協議会が 『パルミサーノ・レポート』(正式名称『Innovate America:Thriving in a World of Challenges and Change』)を発表した。「21世紀の『ヤング・レポート』」とも呼ばれる。「アメリカの繁栄の源は想像力に富んだ経済力であるものの、新たに台頭する世界各地の『エマージングタイガース』(中国、インド、ロシア、イスラエル、台湾など)との厳しい競争に直面している」と述べた。そして、「競争の優位性の源はイノベーション以外にない」と指摘している。ここでも、欧州について特段の言及はされていない。

実際、1980年代の欧州はグローバル産業競争でアメリカの後塵を拝していた。産業競争力の花形「半導体」では、日米がしのぎを削る中で欧州はひとり負けであった(図1参照)。製造業雇用数でも、日米は微増する中、欧州は減少していた。また、90年代に入っても、就業率はアメリカより大幅に低く、改善もしないという厳しい状況だった。雇用を生み出すためには高付加価値な新市場が必要だったが、研究開発力は日米に大きく劣り、ITなどのニューエコノミーでも後塵を拝していた。これが強い危機感を生み、産業競争力低下への根本的な対応として、欧州ワイドの「リスボン戦略」と「欧州2020」策定に繋がった。

 

 

II. 「環境」は欧州の産業競争力低下の打開策

 

「リスボン戦略」は2000年からの10年間の中期ビジョンで、質の高い職業創出、社会的連帯の強化、持続的経済成長により、2010年までに「EUを世界で最もダイナミックかつ競争力のある知識経済にする」ことが目標だった。IT産業の急成長による生産性の向上を志向したアメリカの「ニューエコノミー論」に対するEUの対抗戦略といえる。

2000年の「初期リスボン戦略」は、成長と雇用が主眼とされ、各国の自主努力を前提とした産業面での投資に係る目標が中心であった。しかし、進捗は芳しくなく、ほとんどの目標は未達成との見込みから2005年に戦略を修正することとなった。この修正で、EUが従来取り組    んでいた環境を梃子とした市場形成も中心アジェンダとなった。具体的には、「エコ・イノベーション(Eco-Innovation)」という表現で、新たな雇用創出分野と認識されたエネルギーや環境技術などへの研究開発投資が新たな柱に据えられた。EU域外でもエネルギーや環境技術市場が拡大していくと想定し、それも見越したものといえる。

結局、「修正リスボン戦略」も進捗は芳しくなかったものの、産業政策の中で「環境」が語られるようになったことは特筆に値する。ここから、今まで「コスト」でしかなかった環境対応が、「経済成長」の文脈で考えられるようになる。

 

III. 「2050年カーボンニュートラル」の原点

 

「リスボン戦略」が終了した2010年は、不透明感漂う時期だった。前年の世界金融危機の発生により、EUにとっても長年の経済的、社会的な進歩は帳消しになった。同時に、世界の力学は変化し、グローバリゼーションや資源争奪、高齢化といった長期的課題が明らかになりつつあった。このような背景から、EUは「連合(the Union)として一丸となって行動することでしか、成功に至ることはできない」という観点にたち、「リスボン戦略」の後継の中期ビジョンとして「欧州2020」を策定した。

「欧州2020」では、経済成長を目指しつつも、EUが抱える構造的な課題に対処するための社会的な目標も設定された。主要目標は5つに分かれ、「就業率」、「研究開発投資のGDP比」、「教育水準」、「貧困削減」に加え、「温室効果ガスの排出削減」も含まれた。「トリプル20」といわれる目標値が設定され、温室効果ガス削減、再エネ導入、エネルギー効率向上が対象となった。

また、前述の主要目標実現のため、「Smart」、「Sustainable」、「Inclusive」を軸とする7つの旗艦イニシアティブも設けられた。この中でも、「持続可能な(Sustainable)経済成長」において、気候変動に関連する旗艦イニシアティブ「Resource efficient Europe」が掲げられた。これは、「経済の脱炭素化、再生可能資源の利用拡大、運輸部門の近代化、エネルギー効率の促進を通し、経済成長を資源利用から切り離す助けとする」、いわゆるデカップリングについて注力するものだ。

加えて、「2050 年までに低炭素、高資源効率、気候変動に対する弾力性の高い経済への移行に必要な構造変化・技術的変化のビジョンを確立」するという、今の2050年カーボンニュートラルに通ずる目標も掲げられている。実際、「欧州2020」の「温室効果ガスの排出削減」は大幅に進捗し、「トリプル20」で掲げられていた1990年比温室効果ガス排出量20%減を2015年に早々に達成した。これを成功と捉え、2019年公表の「欧州グリーンディール」における2050年カーボンニュートラルの宣言に繋がっていく。アメリカをはじめとする他の大国に先行する動きだった。

 

IV. 過去の反省から生み出されたグリーン成長

 

「欧州2020」では、グリーンビジネスの支援プログラムも実行された。例えば、「Horizon 2020」という、官民の連携促進による科学的成果からイノベーション創出を目指すプログラムの中で、脱炭素関連のプロジェクトが支援されている。ネガティブエミッション技術の実用性と気候変動対策への貢献度合いの評価を行うNEGEMプロジェクトが良い例だ。また、独アゴラ・エナギーヴェンデと英エンバーによる調査によると、2020年にはEU域内で再エネによる発電量が初めて化石燃料を上回った。2011年までは化石燃料が2倍以上の発電量だったが、風力を中心に再エネビジネスが勃興し、逆転した。政策の後押しもあり脱炭素ビジネスが育ったまさに今、グリーン成長に舵を切ったことに合点がいく。

現行の「欧州グリーンディール」では、今後10年間で少なくとも1兆ユーロ(133兆円)を投資する「グリーンディール投資計画」が策定された。グリーンビジネスへの投資も行われ、昨年8月、環境分野の革新的なスタートアップ64社に対し、総額3.07億ユーロ(約380億円)の助成金及び出資が決定した。脱炭素ビジネスへの民間資金流入を目的とした「EUタクソノミー」も2022年1月に施行予定で、この領域の成長は一層加速する見込みだ。

アメリカとの産業競争で負けたことを自己認識し、強い危機感から環境に活路を見出した欧州。その先見の明によって、今や世界的な脱炭素化の流れをけん引する。今後も、欧州は「EUタクソノミー」のような先鋭的なルールを作り、グリーンビジネスを後押ししていくだろう。世界を揺るがす「環境地政学」の今後を見通すためには、不退転の決意でグリーン成長に賭ける欧州の動向の理解こそが鍵となる。

 

 

 

株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル
大久保 明日奈

 

 

 

 

 

 

 

 

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