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REPORTS レポート
2023年4月18日

COP26に向けて加速する「脱炭素羅権」を巡る米欧中の暗闘(2021年5月 JBpress掲載)

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※2021年5月~7月にかけてJBpressに連載した「地政学としての気候変動」の記事を一部変更して掲載しています。

今や、気候変動対策は外交のトップアジェンダだ。4月22日、23日開催の気候変動サミットで、菅首相は「2030年の温室効果ガス46%削減」の目標を打ち出した。気候変動対策を最重要視するバイデン政権に応えたものとされる。動向が注目された日米首脳会談でも、バイデン大統領は「日米が野心的な気候変動対策の牽引役となる」と意欲を示した。

気候変動対策が「コスト」とされ、外交での優先度も低いアジェンダであったのは昔の話だ。新冷戦が叫ばれて久しい米中が協調できるアジェンダとして見る向きもある。だが、実態はそう単純ではない。気候変動対策の巧拙は、今や国の産業競争力や安全保障に直結する。それを理解する米中は主導権を狙う。また、気候変動対策で米中に先行する欧州の存在も忘れてはならない。バイデン政権が主導し、40カ国・地域の首脳が参加した気候変動サミットでは、脱炭素化を巡る米中欧の思惑が交錯した。

I. 気候変動サミットで見えたバイデンの焦りと本気

バイデン大統領は、就任初日に米国は地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」に復帰した。地球温暖化に対し否定的な立場だったトランプ前政権の4年間で、アメリカの気候変動対策は他国に大幅に遅れた。国際協調が求められる気候変動対策でリーダーシップを取ることは、自国第一主義のトランプ前政権で失った威信を回復するためには避けられない。就任100日を迎える前にサミットを開催したことも、バイデン大統領が脱炭素化を重視する表れだ。

気候変動サミットで、バイデン政権は、温室効果ガスを「2030年までに2005年比50%削減」とする目標を発表した。オバマ政権が掲げた「2025年までに2005年比26〜28%削減」の目標を大幅に上回る。バイデン大統領は、「気候変動はどの国も1国では解決できない。我々はこの課題に対処するため、速やかに行動しなければならない」と述べ、各国へ行動を求めた。多国間協調を求めるバイデン政権と、自国第一主義を標榜したトランプ前政権との違いは鮮明だ。アメリカに応じる形で、日本、カナダ、ブラジルなどは温暖化対策の強化を表明した。

バイデン政権が踏み込んだ目標を掲げるのは、トランプ前政権との差別化に加え、中国の脅威を感じているからだ。3月、環境負荷の少ない産業構造へ変わることを目指して、2兆ドル(約220兆円)規模のインフラ整備計画を公表した。再生可能エネルギーの拡大や、電気自動車(EV)の普及を通じて、国内の雇用を創出するとも語った。再エネやEVで競争力を高める中国を意識した政策だ。空白の4年間の遅れを取り戻し、中国を牽制しながら脱炭素化で世界をリードする。バイデン大統領の野心が透けて見える。

II. アメリカは気候変動対策の「不登校の生徒」

サミットでの動向が注目された中国は、既存の目標を据え置きとした。アメリカは、中国にも目標の引き上げを求めたかったが、肩透かしをくらった形だ。据え置きされた目標自体にも、中国の地政学的な思惑がある。
習近平国家主席は昨年9月の国連総会で、「二酸化炭素の排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までに実質ゼロにする」と表明し、世界を驚かせた。世界のCO2排出量28%を占める最大の排出国である中国の突然の脱炭素化表明には、したたかさが見えた。国連での発表の前後には、EUとの対話や米大統領選が予定されていたのである。
気候変動対策で先行する欧州に秋波を送り、トランプ政権下でのアメリカの出遅れを際立たせ、気候変動を地政学的な手段とする周到さだ。また、サミット直前の4月16日、習近平国家主席はドイツのメルケル首相、フランスのマクロン大統領と気候変動に関する協議も行っている。ここでも、中国は欧州との緊密な連携を強調した。
では、気候変動サミットでは中国はどのようなメッセージを発したのか。
習近平国家主席は「中国は、アメリカが気候変動に対する多国間での協調の枠組みに戻ってきたことを歓迎する」とスピーチをした。また、脱炭素化の具体策として、石炭に依存したエネルギーシステムの改善と「グリーン開発」に取り組み、2026年から2030年の石炭消費量を、2021年から2025年の水準から段階的に削減する方針を明らかにした。
一見するとアメリカに対する歩み寄りの姿勢に見える。しかし、実のところは「パリ協定から脱退したアメリカの出戻りを中国は歓迎する。ただし、気候変動対策の主導権はあくまでも中国にある」というメッセージとされる。
その証拠に、4月16日の会見で、趙立堅報道官は「中国はパリ協定の妥結に多大な貢献をした。中国の新たな目標は気温上昇を0.2°Cから0.3°C抑えるもので、気候変動に対する中国の努力と野心の現れだ」と自信をにじませた。加えて、「アメリカが気候変動対策の場に戻ってきたのは栄光の復帰ではない。不登校の生徒が学校に戻ってきたようなものだ」と辛らつな発言もしている。
また、気候変動対策は単体で成り立つものでなく、昨今の米中の火種である新疆ウイグル自治区や香港の自治権の問題とも複雑に絡み合う。
王毅外相は、「アメリカが中国の内政に干渉しなければ、米中両国は気候変動対策においてより緊密な連携ができる」と、外交問題評議会のオンライン会議で牽制した。外交問題評議会は、外交・世界情勢を研究する非営利の会員制組織であり、アメリカの対外政策に著しい影響力を持つとされる。そこで王毅外相が発言した影響は大きい。

III. 欧州の野心を固めたサミット前日の14時間協議

気候変動サミットとその周辺での米中の動向を分析すると、両国の今後の連携は一筋縄ではいかないことが分かる。このような米中の駆け引きの陰に隠れてしまったが、⻁視眈々と対策を進めているのが欧州だ。
気候変動サミットの前日、14時間の協議を経て、欧州委員会は「2050年のカーボンニュートラル化」の目標を法制化した。米中を始めとする大国は、NDC(各国が決定する温室効果ガス削減への貢献)を国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局に提出するに留まるが、法制化までしたのは欧州が初である。
また、「2030年までに1990年比55%削減」の目標を積み増し、「2030年までに57%削減」とすることにも合意した。気候変動サミットで他国をリードするために、直前まで交渉が続いた。
欧州の決意は、2019年に出された気候変動対策の政策パッケージ「欧州グリーンディール」にも表れている。
欧州グリーンディールは、従来型の気候変動対策ではなく、欧州ワイドの成⻑戦略だ。再生可能エネルギーや水素技術の活用やサーキュラーエコノミーの実装など、新しい産業を活性化させるための施策が盛り込まれている。
特筆すべきは、「EUタクソノミー」や「国境炭素調整メカニズム」など、グリーンな成⻑のための資金のコントロールまで計画されていることだ。トランプ前政権で後れを取った出戻りのアメリカでも、世界最大の二酸化炭素排出国の中国でもなく、脱炭素化による成⻑で「緑の地政学」を制したい欧州の覚悟といえる。

IV. COP26に向けて加速する米中欧の羅権争い

気候変動サミットでは米中欧の思惑が交錯し、脱炭素化を巡る主導権争いの激化を予感させた。次のマイルストーンは、2020年11月にグラスゴーで開催される国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)だ。
気候変動サミットでは、各国から2030年削減目標の引き上げが提示されたが、パリ協定の1.5°C目標実現のために更なるコミットメントが求められている。また、2030年目標の達成のための現実的な筋道も欠かせない。COP26では、これらの協議が焦点となる。
COP26の開催までに、米中欧の脱炭素化対策とそれを巡る駆け引きは激化するだろう。人権問題や安全保障などの重要なアジェンダが、気候変動対策への協調との取引材料とされる可能性もある。中国対欧米という単純な対立構造ではなく、日々変わる情勢によってそのパワーバランスが変わることもあり得る。昨年から習近平が欧州に秋波を送っていることがその表れだ。これは日本にとっても対岸の火事ではない。
「2030年の温室効果ガス46%削減」達成には、抜本的な産業構造の転換が欠かせない。米中欧の脱炭素の覇権争いを傍観して場当たり的に対応するのでは遅い。「緑の地政学」の動向を先読みしながら、脱炭素化への筋道を示すことが日本には求められている。
株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル
大久保 明日奈

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