2023年3月31日、英国のCPTPP加入交渉が「実質的な妥結」に至った。英国のCPTPP加入が事実上決まったことは、CPTPPの経済規模だけでなく、戦略的価値も向上させる。インド太平洋地域においてルールに基づく自由な貿易という原則を維持することへの貢献に加え、さらなる拡大の誘因となることも期待される。戦略的価値が高まったCPTPPをいかに活用するか。これまでCPTPPを主導してきた日本の構想力が試される。
※2023年4月1日付のJBpressの記事を一部変更して掲載しています。
I. 英国のCPTPP加入交渉が実質妥結
英国のCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への新規加入交渉が、2023年3月31日に「実質的な妥結」に至った。英国が正式に加入し、その効力が発生するまでには、最終合意・加入招請を経て、CPTPP参加11カ国と英国での議会承認等の国内手続きの完了が必要であり、まだしばらくの時間を要する。しかし、英国のCPTPP新規加入が事実上決まったことが、今後のCPTPPのあり方や世界貿易秩序に与える影響は小さくない。
CPTPPは、米国がTPP(環太平洋パートナーシップ)から離脱して発効が見込めなくなった後、日本が主導して残りの11カ国で合意され、2018年12月30日に発効した包括的な経済連携協定(EPA)である。2021年2月1日に英国が新規加入の申請を行い、同年6月2日に加入交渉の開始が決定され、同年9月28日から交渉が行われていた。今回、加入申請から2年2カ月での実質妥結となった。
加入に際しては、加入候補国はCPTPPの全30章(電子商取引、国有企業、知的財産等を含む)にわたるすべてのルールを受け入れ、物品貿易、サービス貿易、投資、政府調達等において高い水準での市場アクセスを認めることが求められている(図表1)。今回発出された「CPTPPへの英国加入プロセスに関する閣僚共同声明」によれば、英国は「物品、サービス、投資、金融サービス、政府調達、国有企業及びビジネス関係者の一時的な入国について、商業的に有意義で、最高水準の市場アクセスのオファーを提供した」とされる(*1)。
II. 英国にとってはインド太平洋地域への橋頭堡
英国にとり、CPTPP新規加入の経済的・戦略的意義は大きい。英国にとってCPTPP参加11カ国は、輸出で6.6%、輸入で7.4%を占める。英国は、CPTPP参加11カ国のうち、日本、チリ、シンガポール、ベトナム、カナダ、メキシコとはすでに2国間の自由貿易協定(FTA)を発効させ、オーストラリア、ニュージーランドとは署名を終えている。その点では、CPTPP参加によって個別国から得られる追加的な市場開放の恩恵は限られる。しかし、英国際貿易省によれば、CPTPPにおける関税削減・撤廃は既存の2国間FTAにおける関税削減・撤廃よりも早く、大きいため、自動車等の輸出増が見込まれる。また、日本製やメキシコ製の部品を用いた英国製自動車をより低税率でCPTPP参加国に輸出できること、英国が競争力を有する金融サービスや専門職サービスの市場開放につながることなどをメリットとして例示している(*2)。
英国にとってのメリットは、こうしたCPTPP参加国による市場開放にとどまらない。高い水準のルールと市場アクセスで結びついたインド太平洋地域の11カ国による広域経済圏に参加することは、EU(欧州連合)離脱後、「グローバル・ブリテン」を掲げてEU域外との経済関係の拡大を目指してきた英国にとって大きな意味を持つ(図表2) 。英国は、CPTPP参加国との経済関係を深化させるとともに、CPTPPを橋頭堡として、インド太平洋地域における経済活動の拡大を図ることが可能となり、サプライチェーンの多様化や経済的強靭性の確保につながる。
英国は、インド太平洋地域において、米国・オーストラリアとの軍事・安全保障枠組みである「オーカス(Aukus)」に参加しているが、CPTPPへの加入は経済面における英国の同地域への関与の意思を明確にするものであるとの指摘もある。また、英国のEU離脱を支持した論者からは、(関税同盟である)EU加盟国のままでは成し遂げられなかった成果であるとの声も聞かれる。
III. 日本にってはCPTPPの戦略的価値の向上
日英EPAをすでに発効させている日本にとっても、英国のCPTPP新規加入によって追加的に得られる英国市場開放の恩恵は限定的ではあるが、CPTPP参加諸国の原材料・部品を用いて日本国内で製造した製品の対英輸出で関税削減・撤廃の恩恵が受けられるようになるなどのメリットがある。
日本にとっては、こうした直接的な経済的メリット以上に、戦略的な意義が大きい。WTO(世界貿易機関)が十全の機能を果たせていない状況において、世界経済の分断が進み、主要国が挙って自国優先・保護主義的要素を含む産業政策を推し進める中、基本的価値を共有する英国をCPTPPに迎え入れることは、インド太平洋地域においてルールに基づく自由な貿易という原則を維持する上で有益であり、日本の経済安全保障確保の一助ともなるだろう(*3)。
CPTPPの今後のあり方にも好影響をもたらすことが期待できる。現在、中国、台湾、エクアドル、コスタリカ、ウルグアイが正式に加入申請を行っている。また、韓国などのアジア諸国が新規加入への関心を表明している。これら新規加入を希望する国・地域にとって、英国の加入条件が重要な先例となる。CPTPPの各章で定められた高い水準のルールと自由化を受け入れなければならないことを、加入希望国・地域に対して再認識してもらう機会となるだろう。
また、CPTPPの拡大は、それだけCPTPPの魅力を増すことにつながり、さらなる拡大の誘因となる。世界第6位の経済規模(GDP)を持つ英国が加入することにより、CPTPPの経済規模は約11.7兆ドル(全世界の12.1%)から約14.8兆ドル(同15.4%)へと拡大する(世界銀行、2021年)。現在は関心表明にとどまっているアジア諸国の加入申請を促すことが期待される。英国の加入によって、CPTPPが「環太平洋」にとどまらない枠組みであることも明らかとなり、加入に関心を持つ国が地理的に拡大することも考えられる。
米国のCPTPP復帰は、国内政治環境を鑑みれば当面見込めないが、CPTPPの拡大が続き、参加していないことのデメリットが大きくなれば、米国内のCPTPP参加支持派を後押しすることにもなるだろう。
今回の閣僚声明には、「CPTPP参加国及び英国は、域内及びそれを越えて、自由貿易、開かれた競争的市場、ルールに基づく貿易システム及び経済統合を更に促進していくことにコミットしている」と明記された。英国のCPTPP加入によって戦略的価値が高まったCPTPPをいかに活用するか。これまでCPTPPを主導してきた日本の構想力が試される。
*1 :内閣官房TPP等政府対策本部
「CPTPPへの英国加入プロセスに関する閣僚共同声明」(日本語・仮訳)、2023年3月31日。 *2:U.K. Department of International Trade, UK Accession toCPTPP: The UK’s Strategic Approach, April 2021. *3:菅原淳一「分断された世界とフレンドショアリング」、2023年2月10日、オウルズコンサルティンググループ参照。
株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル(通商・経済安全保障担当)
菅原 淳一
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