※2018年11月号の月刊アイソスに寄稿した内容を一部変更して掲載しています
2018年7月、TPP11(正式名称はCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定))の国内審議が完了した。同月には、日EU・EPA(経済連携協定)の署名も行われた。TPP11は早ければ年内、日EU・EPA は2019年初頭の発効が見込まれている。 また、EUでは、英国がEUを離脱するまでの期限が2019年3月に迫っている。
こうした通商動向は「EU産のワインやチーズが安くなる」「日本からEUへ輸出する自動車やテレビの関税がなくなる」といったように日々の報道を賑わせている。だが、その効果は「関税」面だけに留まらない。本稿では、昨今の通商動向が標準化や適合性評価に与える影響について考察する。
I. TPP11で新興国の強制規格対応コスト削減
TPPは2010年3に交渉を開始し、2015年10月に大筋合意した。当時の参加国は、アルファベット順にオーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、米国、ベトナムの12ヶ国だ。だが、周知のとおり、トランプ大統領が就任し、2017年1月に米国はTPPを脱退してしまった。
その後、残された11か国の間で、従来のTPPのうち米国の主張で取り入れた一部の項目を米国が復帰するまで「凍結」することとし、署名されたのがTPP11だ。TPP11では、加盟国間で貿易取引される工業製品の99.9%の関税がゼロになる。農産品では国によって95~100%の品目の関税がゼロになる。この地域で輸出入のたびに払っていた関税はTPP11によってほぼゼロになるという画期的な協定だ。
TPP11が画期的なのは関税分野だけではない。TPP11の貿易の技術的障害(TBT)章では、TPP11の参加国が強制規格や任意規格を制定し、第三者による試験や認証結果の取得を義務づける場合、試験や認証を行う適合性評価機関が当該国の領域にあることを要求してはならないと定めている。
例えばベトナムに日本から製品を輸出する場合、ベトナムの適合性評価機関による試験や認証が義務付けられているにも関わらず、設備不足による試験の「順番待ち」が生じたり、試験結果に対する信頼性に疑義が生じるといった不満の声を聞くことがある。
TPP11により、輸出品であっても日本の適合性評価機関での試験、認証が可能ということになれば、試験開始から認証取得までのリードタイムが短縮される上、品質管理の点でもメリットがある。
また、TPP11のTBT章では、加盟国が強制規格を導入する場合、案を公表してから他の参加国及び他の利害関係者が意見を提出する期間を通常60日間とすることや、強制規格の案の公表と実施の間の期間を6ヶ月以上とすることが定められた。これらの具体的な日数は、WTO・TBT協定では規されておらず、TPP11で新たに導入された。さらに、新規の強制規格の最終要件が公表されてから実施に至るまでの間にも、可能な限り6ヶ月以上を設けることが定められた【図1参照】。
新興国では、強制規格の導入に際し、事前の通知がない場合もある。もしくは通知があったとしても実施までに極めて短期間であり、事実上他国が意見を提出するのが不可能な事例も散見される。たとえ第一案の公表から実施までに6ヶ月以上あったとしても、第一案では詳細が曖昧で実行に足る情報が不足していて、当該国の政府と細部を詰めている間に時間が経ってしまうという例もある。2014年6月からベトナムで導入された鉄鋼製品に対する強制規格がこの一例だ。
TPP11の規定によってこのような事態が改善され、不合理な強制規格が導入される事態を防げられる可能性が高まる。また、仮に(妥当な措置と見なされ)当該強制規格等が導入される場合も、企業が対応準備に費やせる時間が現状より長く確保されることとなるだろう。
II. 日EU・EPAで日本発の自動運転技術を国際基準へ
日EU・EPAは2013年に交渉を開始し、2018年7月に署名された。日EU・EPAによって、日本からEUに輸出される工業製品は全て将来的に関税がゼロになる。自動車にかかっている10%の関税やテレビに対する14%の関税がなくなるのが象徴的だ。このほか、EUの政府関係機関が調達する鉄道車両やレールに日本企業が入札できるようになるなど、日本企業の商機が広がる。日EU・EPAの効果はこれだけではない。
例えば自動車・自動車部品の標準化でも日本企業にメリットをもたらす。日EU・EPAでは、国連自動車基準調和世界フォーラム(WP29)における新規基準の策定及び既存基準の改正の際に日本とEUの間で協力することや、双方が合意した場合に共同提案をする旨が定められた。
日本は、昨今注目を集める自動運転技術の分野で、WP29の「自動運転分科会」の議長を務める。また、「ブレーキと走行装置分科会(GRRF)」の下にある「自動操舵専門家会議」及び「自動ブレーキ専門家会議」においても議長を務める。日EU・EPAは「双方が合意する場合」の協力について定めており、当然ながらすべての分野で無条件の協力を約束するものではない。だが、「数」がモノを言う標準化の世界において、EUと協力関係を構築することは、日本発の基準を国連基準として策定することの追い風となる。
この規定によって、日EU・EPAの発効と同時に状況が急変するものではない。だが、従来は、関税やサービスの取引が中心だったEPAに、標準化がとり入れられるようになったのはこの数年の変化だ。EPAは時代によって変化している。今後は、標準化の分野でもさらに実効力を持つ規定が導入される可能性は十分にある。
III. Brexitで認証コスト増加の可能性
2016年6月、英国の国民投票によって英国がEUから離脱することとなった。その後、英国は2017年3月にEUに正式に離脱を通知。2019年3月29日に英国はEUを離脱する。現在は、英国とEUとの間で、離脱後の将来の関係について交渉が行われている。
交渉の焦点となるのは、英国とEUの間のモノの取引にかかる関税率や輸出入手続き、金融業の規制、市民の権利保障など実に多岐に亘る。英国のEU離脱(Brexit)において、モノに対する基準や適合性評価も重要な論点となる。
周知のとおり、EUにおいて特定の製品を販売(上市)するためには、製品がEUの基準に適合していることを示すCEマークの添付が必要だ。製品の特性ごとに「機械指令」、「EMC指令」、「玩具安全指令」、「医療機器指令」などの規則に適合する必要がある。CEマークが添付された製品であれば、EU域内で自由に流通させることができる。
CEマークは、製品によって、供給者による自己適合宣言が認められる場合と、第三者認証機関(Notified Body)による認証が求められる場合がある。Brexitで問題になるのは、後者のNotified Bodyが関与する場合だ。
現在、英国内にある150以上もの認証機関が、Notified BodyとしてEUに登録されている[1]。英国がEUから離脱した場合、これらの認証機関はEUのNotified Bodyとしての地位を失うことになる。
従来のようにCEマーキングを添付することができなくなるのだ。EU各国で製品を流通させる場合、英国内の認証機関に依頼していた事業者は、英国以外のNotified Bodyによる認証を取得しなければならない。これにより、英国からEUへ輸出している事業者には、認証取得のためにサンプル品を大陸側に輸送するコスト、大陸側のNotified Bodyから英国の工場に検査員を招へいするコストなどが新たに発生する。もっとも重要な事項として、生産から市場投入までのリードタイムの見直しが必要になる【図2参照】。EUから英国へ輸出している事業者に関しても同様の事態が起きる可能性がある。
これは想定される最悪のシナリオである。例えば、英国とEUがMRA(相互承認協定)を締結し、英国の認証機関による適合性評価の結果をEUのNotified Bodyによるものと同等と見なすような仕組みの構築も可能である。そうすれば、従来通り、英国の認証機関の認証があればEUで製品を流通させることができる。
現に、日本、米国、スイスやカナダなどはEUと相互承認協定を締結している[2]。
ただ、楽観視はできない。EUと英国の交渉が順調に進んでいるとは言えず、離脱期限までに何も決まらない「ノー・ディール」の可能性も徐々に高まっている。2018年8月23日、英国政府が「ノー・ディール」に備えるガイダンスを公式に発表したほどである。EUで事業展開をしている各社は最悪の事態への備えが急務だ。
ただ、楽観視はできない。EUと英国の交渉が順調に進んでいるとは言えず、離脱期限までに何も決まらない「ノー・ディール」の可能性も徐々に高まっている。2018年8月23日、英国政府が「ノー・ディール」に備えるガイダンスを公式に発表したほどである。EUで事業展開をしている各社は最悪の事態への備えが急務だ。
FTA(自由貿易協定)やEPAなどの通商動向の影響は「関税」に限った話ではない。TPP11加盟国へ輸出する場合には日本の適合性評価機関の活用が可能になる。海外の機関に試作品を輸送する手間や海外の機関から工場検査員を招へいする必要がなくなることで、開発から市場投入までのリードタイムが短縮され、事業競争力強化に繋がる。
また、途上国の機関に試作品を送付する際に生じていたリバースエンジニアリングのリスクを回避できることは、特にハイテク企業にとって重要な変化になるだろう。
FTA・EPAの「関税以外」の分野に着目し、戦略的に活用することで他社との差別化に繋がる。
FTA・EPAの「関税以外」の分野に着目し、戦略的に活用することで他社との差別化に繋がる。
[1] 2018年8月末時点
[2] カナダは、EUとの間で独立した相互承認協定は締結しておらず「EUカナダ包括的経済貿易協定(CETA)」において相互承認を実施している
[2] カナダは、EUとの間で独立した相互承認協定は締結しておらず「EUカナダ包括的経済貿易協定(CETA)」において相互承認を実施している
株式会社オウルズコンサルティンググループ
プリンシパル/チーフ通商アナリスト
福山 章子
プリンシパル/チーフ通商アナリスト
福山 章子
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