COLUMN コラム
2024年5月15日

「地政学リスク」とは|事業環境の変化に備える


米中対立の常態化やロシアのウクライナ侵攻など、地政学リスクの高まりが企業の事業活動に多様で多大な影響をもたらしています。その自社への影響を見極め、リスクを回避し、ビジネス・チャンスを捉えることが、企業にとって喫緊の経営課題となっています。

 

本コラムでは、地政学リスクについて、わかりやすく解説します。

 

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地政学リスク・経済安全保障対応支援

 

 

1.地政学リスクとその影響

 

1-1.地政学リスクとは

 

「地政学(geopolitics)」は、国家の行動や国家間関係を、その国家が置かれた地理的な要因を重視して分析するものです。例えば、四方を海に囲まれた、天然資源の少ない国と、内陸にあって多くの国と国境を接し、豊富な天然資源を有する国とでは、国家の存続のために求める利益も他国との関係も異なります。こうした地理的な要因を基礎として、各国家の政治や経済、安全保障上の課題への取り組みを考察し、国際情勢を分析することが地政学の基本と言えるでしょう。

 

ただし、昨今のメディア等では、より広い意味で、国際情勢を政治的・経済的・軍事的に分析することを「地政学」と呼ぶ傾向にあります。「地政学リスク」という場合も、テロや武力紛争、戦争、それらに伴って生じるサプライチェーンの混乱、食料やエネルギー・資源の供給不足・価格高騰、為替や株式の乱高下、それらが引き起こす社会不安、また、サイバー攻撃も含まれるなど、広く国際情勢の変化がもたらす政治的、経済的、社会的、軍事的な緊張の高まりを指すことが多くなっています。

 

現在生じているロシアのウクライナへの侵攻や、パレスチナ自治区ガザでのイスラエルとイスラム組織ハマスとの戦闘、その発生が懸念されている台湾有事、これらがもたらす政治的・経済的・軍事的緊張の高まりは典型的な地政学リスクと言えます。

 

 

1-2.地政学リスクがもたらす企業への影響

 

地政学リスクは、企業の事業活動に多様な影響をもたらします。例えば、原材料の調達元や製造拠点、販売先のある国や地域で武力紛争が発生すれば、原材料の供給が途絶し、生産や販売も停止するおそれが生じます。また、事業の継続そのものが困難となったり、現地にいる駐在員や従業員の安全確保や退避が必要となったりすることも想定されます。

 

国家間の対立に伴う、当該国政府による政策の変更や規制の導入・強化も事業活動に影響をもたらします。当該国間での貿易、投資、人やデータの移動が制限されて事業活動に支障が生じる、新たな法規制へのコンプライアンス対応が必要となる、一方の当事国に加担しているとみなされることによるレピュテーション・リスクが生じたり、不買運動のターゲットとされたりすることなども考えられます。

 

これらのリスクに備えるため、企業にはサプライチェーンにおける開発・調達・製造・販売の各段階で計画変更の検討が求められています。投資先やサービス提供のために利用するシステムの選定にも地政学リスクを考慮しなくてはなりません。

 

 

2.注目される地政学リスク:米中対立の常態化

 

様々な地政学リスクが存在する中で、今後も中長期的に継続することが見込まれ、日本企業の事業活動に多大な影響をもたらすとみられるのが米中対立です。企業は、米中対立を「常態」とみなして事業活動を行っていく必要があるでしょう。

 

 

2-1.米中対立の背景と経緯

 

米中対立の背景にあるのは、国際社会における中国の急速な台頭と強権化と言えるでしょう。中国は、2010年には国内総生産(GDP)で日本を抜き、米国に次ぐ世界第2位の経済大国となり、現在は米国の約7割の規模に達しています。

 

米国をはじめとする民主主義諸国は当初、中国が経済的に発展するのに伴い、国内で民主化が進むと考え、2001年に世界貿易機関(WTO)に迎え入れるなど、中国が民主主義諸国とともに国際秩序を支える重要なプレーヤーとなることを期待していました。しかし、中国が習近平政権の下で、「中華民族の偉大な復興」を掲げて強権的な国内・外交政策を展開し、経済や技術、軍事面での国力の増強を急速に進めるようになると、米国の中国に対する警戒心や不信感が高まっていきました。

 

バラク・オバマ政権(2009年~2016年)の後期には、こうした米国の対中認識の変化が生じていたと言われていますが、現在に至る米中対立が決定的となったのは、続くドナルド・トランプ政権(2017年~2020年)においてでした。トランプ政権下の米国は、中国を米国が主導してきた国際秩序の改変を求める「現状変革勢力(revisionist power)」であり、米国にとっての「戦略的競争者(strategic competitor)」であると位置付けました。

 

新型コロナウイルスが世界的に蔓延する中で、中国が友好的な新興国・途上国を支援する、いわゆる「マスク外交」や「ワクチン外交」、「一帯一路」と結びついた債務外交を展開したことは、コロナ禍を利用してグローバルな影響力の拡大を図っているとの疑念を生み、米国の対中不信に拍車をかけることになりました。

 

こうした対中認識は続くジョー・バイデン政権(2021年~現在)にも引き継がれました。バイデン政権は、中国は「21 世紀最大の地政学的試練」であり、「安定した開かれた国際システムに深刻に挑戦する経済的、外交的、軍事的、技術的な力を有する唯一の国」であると位置付けました。現在の米国の対中政策は、こうした認識に基づいて立案・実行されています。


2-2.米中の「競争的共存」

 

米中は互いに不信感や警戒心を募らせていますが、いたずらに対立することが両国や世界に多大な負の影響をもたらすことは理解しています。偶発的な軍事衝突が米中間の全面戦争に至るような事態は米中いずれも望んでいません。

 

バイデン政権の対中戦略は「競争的共存(competitive coexistence)」と呼ばれるものと言えるでしょう。中国を封じ込めて共産党政権の打倒を目指すものではなく、中国との長期的な戦略的競争を常に米国に有利な状況で進め、米国の優位を維持しながら中国との共存を目指すものです。

 

この「競争的共存」には、「競争(competition)」、「協調(collaboration)」、「対立(conflict)」の3つの側面があります。半導体、情報通信、人工知能(AI)、脱炭素等の先端技術を中心とした経済・産業・技術領域では、米国は国内産業を育成・保護し、中国への技術流出を防止して、米国が優位な状況で中国と競争していくことを目指しています。

 

しかし、気候変動や新興国・途上国の債務問題などのグローバルな課題や、地域紛争等の中国が影響力を行使できる問題への対処には、中国との協調が不可欠であり、米国は中国に協力を求めています。他方、中国・新疆ウイグル自治区における人権侵害及び香港における民主主義の抑圧といった価値を巡る問題や、台湾及び東・南シナ海に関する安全保障の問題では、米国は中国に政策転換を強く迫っています。これらの問題はいずれも中国にとっては「核心的利益」であり、譲歩することは容易ではありません。したがって、米中双方が価値や安全保障を巡っては対立も辞さないという姿勢です。ただし、競争や対立が軍事的対決へと陥らないよう、両国間のコミュニケーションを確保して衝突を防ぐガードレールを設けて共存を図ろうとしています。

 

 

2-3.米中間での部分的デカップリングの進行

 

米中対立は、密接に結びついた両国の経済関係をデカップリング(分断)へと向かわせています。トランプ政権下では、米中が互いに相手国製品の輸入に高率(最大25%)の追加関税を課し合う関税合戦が繰り広げられました。米国は2018 年7 月以降、1974年通商法第301条に基づく対中関税を課し、米国の対中輸入額の約7 割に追加関税が課される状況となりました。この追加関税の大半はバイデン政権下でも維持されています。米国が中国から直接輸入している物品に限れば、米国の対中輸入依存度は2017年の21.6%から2023年には13.9%まで低下しています。


関税合戦に続いて米中対立の主戦場となったのが技術です。トランプ政権は、軍民融合戦略を進める中国を警戒し、半導体や情報通信などの軍事転用可能な機微技術が中国にわたることを阻止するため、2019 年国防授権法(NDAA)に盛り込まれた輸出管理改革法(ECRA)による輸出管理の強化、中国通信機器大手ファーウェイ(華為技術)をはじめとする中国企業の「エンティティ・リスト」掲載による取引制限、外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)による対内投資規制の厳格化等を進めました。バイデン政権は、こうした規制を一層強化するとともに、補助金や税控除を活用した連邦政府主導の国内投資による産業競争力強化を図り、中国に対する依存を低減し、優位性を確保するよう努めています。これらの結果、米中間では貿易や投資が制限されるようになり、企業の事業活動にも多大な影響をもたらしています。

 

 

2-4.デリスキングとスモールヤード・ハイフェンス

 

米中の経済的な相互依存関係は大変緊密なため、全面的なデカップリングとなれば、その米中両国や世界経済に与える悪影響は大きなものになりますし、互いに代わる市場や調達先をみつけるのは容易でなく、その実現は困難です。そこで出てきたのが「デリスキング(リスクの軽減)」という考えです。

 

米国からの要請もあり、日本や欧州連合(EU)諸国でも、対中規制を新たに導入したり、強化したりする動きが進んできました。そのため、米中間だけでなく、米国及びその同志国と中国との間でのデカップリングが進行し、世界経済に悪影響を及ぼすことを懸念する声が高まっていました。

 

そうした懸念に応えたのが、2023年5月に開催されたG7広島サミットでした。同サミットの首脳コミュニケには、「我々は、デカップリング又は内向き志向にはならない。同時に、我々は、経済的強靱性にはデリスキング及び多様化が必要であることを認識する」、「国家安全保障を脅かすために使用され得る先端技術を、貿易及び投資を不当に制限することなく保護する必要性を認識する」との文言が盛り込まれました。対中規制・措置の対象範囲を国家安全保障上必要があるものに絞り込むことで、世界の経済や貿易投資、企業の事業活動に与える悪影響を限定的にし、対中関係の不必要な悪化を回避する、それによって対中依存のリスクを軽減する(デリスキング)という考えが、日米両国を含むG7諸国で共有されました。この対象範囲を「小さな庭(small yard)」に絞り込んだ上で、「高い塀(high fence)」を築いて守るという方針は、「スモールヤード・ハイフェンス」として知られています。

 

しかし、デリスキングとスモールヤード・ハイフェンスがG7で共有された後も、米国は先端半導体関連の対中輸出規制を強化したり、半導体・マイクロエレクトロニクスや量子情報技術、人工知能(AI)に関する対中投資を制限する大統領令を発出したりしています。中国もこれに対抗する形で、重要鉱物や関連技術の輸出管理・規制の強化など、いわゆる経済的威圧を強めています。

 

人権や環境(脱炭素)の保護を目的とした貿易・投資規制も欧米を中心に広がりをみせています。また、自由や民主主義、人権尊重、法の支配といった基本的価値を共有する同志国(like-minded countries)による、安全で信頼できるサプライチェーンの構築を目指す「フレンド・ショアリング(friend-shoring)」の動きも進んでいます。これらの動きは、サプライチェーンからの中国(製品・企業)の排除につながります。

 

今後も米国やEUによる対中規制の強化・拡大と中国による対抗措置の応酬は続くとみられ、機微技術関連分野を中心に、米国及びその同志国と中国との間でデカップリングが拡大していくでしょう。

 

日本としても、こうした動きにどこまで歩調を合わせるのか、難しい選択を迫られています。同時に、日本企業にも、対中ビジネス戦略やサプライチェーンのあり方の再検討が求められています。

 

 

3.地政学リスクの高まりと経済安全保障

 

こうした米中対立やロシアのウクライナ侵攻に代表される地政学リスクの高まりにより、世界各国は経済安全保障の確保の取り組みを積極的に進めています。そのため、企業にとっても経済安全保障への対応が喫緊の経営課題となっています。

 

国家・国民の安全や経済的繁栄等の国益を経済上の措置を通じて確保することを目的とした経済安全保障の取り組みでは、経済の担い手である企業の主体的・能動的な活動が不可欠となります。地政学リスクを回避し、新たに生まれるビジネス・チャンスを捉えるため、企業には、社内体制を整備し、外部専門家の知見も借りながら、国際政治経済情勢や主要国の政策・法規制の動向を収集・分析し、リスクの特定やリスク・シナリオの策定することが求められています。

 

オウルズコンサルティンググループは、所属コンサルタントの多くが戦略コンサルティングファーム出身であり、経営戦略・グローバル事業戦略のプロジェクトを多数リードした経験と、通商・地政学・経済安全保障領域の専門性を併せ持つチーム体制を構築しています。

 

 

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経済安全保障については、コラム「経済安全保障とは」をご参照ください。

 

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