欧州を中心に進む「ビジネスと人権」関連の法制化や日本政府によるガイドラインの発表などを受け、近年、企業による人権尊重の取り組みが加速しています(詳しくはコラム『ビジネスと人権とは❘指導原則のポイントと国際的な動向』をご参照ください)。
本コラムでは、事業に関わる人権を守るために企業が注意すべき「人権リスク」とは何か、過去の企業事例なども交えながら解説します。
(弊社の「ビジネスと人権」関連サービスにご関心をお持ちの方は、こちらのページも併せてご覧ください
⇒人権方針策定・人権デュー・ディリジェンス実施支援)
1. 人権リスクとは
1-1. 主な人権リスクの例
「人権リスク」とは、企業活動により影響を受ける個人や団体の人権が侵害されるリスクのことを指します。
企業が注意すべき主要な人権リスクとしては、例えば下記のようなものが挙げられます。
これらはあくまでも一例であり、人権リスクはビジネスにおける様々な場面に潜んでいます。自社のどのような事業活動が人権リスクに繋がるのか、日頃から多角的に考えてみる必要があります。
1-2. 企業の責任範囲
これらの人権リスクの対象は、自社の従業員にとどまらず、取引先の従業員、製品・サービスの提供先である顧客や消費者、自社の拠点や工場の周囲に住む地域住民などを含む、事業やサプライチェーンに関わるあらゆる人に及びます。加えて、国連が定めた指導原則(*1)は、「企業が自ら直接引き起こしている人権侵害だけでなく、間接的に負の影響を助長していたり、関与したりしている人権侵害にも対応しなければならない」としています。
企業が人権への影響に責任を負うべきとされている状況には、下記の通り3つの分類があります。
1. Cause:企業がその活動を通じて、負の影響を引き起こしている
2. Contribute:企業がその活動を通じて、直接または間接的に負の影響を助長している
3. Directly Linked:企業がその取引関係によって、事業・製品・サービスが負の影響と直接関連している
例えば、A社内の労働時間や労働環境に問題がなかったとしても、A社が製品の製造を委託しているB工場で長時間労働が起きていた場合、A社がB工場と共に対応すべき人権リスクとなりえます。それは、納期の直前に発注条件を大きく変更するなど、B工場における長時間労働をA社が「助長」してしまっている可能性があるからです。また、原料の産地などサプライチェーン上で強制労働や児童労働が用いられていた場合、その事実を知っていながら取引を続けた企業は、「負の影響を助長している」として責任を問われることになるでしょう。
*1:ビジネスと人権に関する指導原則。詳しくはコラム『ビジネスと人権とは❘指導原則のポイントと国際的な動向』をご参照ください
1-3. 人権リスク≠ビジネスリスク
人権リスクとは、前述の通り企業活動により影響を受ける個人や集団にとってのリスクのことであり、「ビジネスリスク(企業にとってのリスク)」と同義ではありません。しかし、人権リスクを放置すると、結果としてビジネスに深刻な影響を及ぼす可能性があります。企業による人権侵害が発覚した場合、例えば下記のような事態が発生することが考えられます。
こうしたビジネス上のリスクを避ける観点でも、人権リスクを予防する取り組みは非常に重要になるのです。
2. グローバル企業における人権侵害の事例
人権対応が十分でなかったために、事業そのものへの悪影響を受けた企業は少なくありません。
これまで問題となったグローバル企業における人権侵害の事例について、企業の対応や結果とともに見ていきましょう。
2-1. 人権侵害に対する不買運動で1兆円以上の売上を失った米大手アパレル企業
【概要】
大手アパレル企業が製造の委託をしていた工場で、労働者が低賃金かつ劣悪な労働条件で働かされていることが発覚。労働者のうち85%が女性であり、その大半が10代から20代で、管理者による暴行や性的な嫌がらせが横行していました。この問題が明るみに出ると、大手アパレル企業の製品に対する不買運動が世界各地で起き、会社の売上が減少。その損失は、1998年からの5年間で約1兆4千億円にも上るとの試算が出ています。
【企業の対応・結果】
人権侵害の発覚後、侵害の起きた委託先工場では、最低就業年齢が明確に16歳と定められ、最大労働時間は週50時間に設定されるなど、労働環境の改善策が実施されました。当該大手アパレル企業は、その他にも契約工場のリストの公開や第三者を交えた労働環境のモニタリングを導入するなど、サプライチェーンの透明化の推進を図り、今ではサステナビリティ先進企業として知られています。
2-2. 1000人以上の死者を出したアパレル縫製工場の悲劇
【概要】
2013年4月、多数のファッションブランドの縫製工場が入っていた商業ビルが崩壊し、1000人以上が亡くなり、2500人以上が負傷、500人以上が行方不明となりました。「ラナ・プラザの悲劇」として知られる事故です。事故発生の以前に、建物に危険な亀裂が見つかり、入居者に対してビルの使用を中止するよう警告が出されていました。しかしテナントの工場経営者はそれを無視して従業員を働かせ続け、事故が発生。工場経営者が危険を承知で従業員を働かせ続けた背景には、先進国のアパレルブランドによる厳しい納期とコスト削減の要求があったとされています。
【企業の対応・結果】
製造発注元であるブランド各社は、縫製工場の労働環境が劣悪であることを知らなかったとして責任を否定しましたが、その犠牲者の多さからアパレル業界に対して批判の声が上がり、企業の責任の追及とサプライチェーンの透明化を要求するキャンペーンが展開されました。特に事故後の対応が遅れた一部ブランドに対しては、より一層厳しい批判が集まりました。この事故を教訓に、世界各国では毎年4月にアパレル業界のサプライチェーンの透明化を求めるキャンペーン等が開催されており、日本にも広まっています。
2-3. 原料採掘現場の児童労働について訴えられた世界大手ハイテク企業
【概要・影響】
2019年、複数の世界大手ハイテク企業に対し、同社らの製品原料に用いられる鉱石コバルトの採掘現場で発生した児童労働への責任を問う訴訟が起こされました。同社らのエレクトロニクス製品に用いられるリチウムイオン電池の原料であるコバルトの採掘現場で、6歳前後の子どもを含む14人の子どもたちが、死や負傷に至る長時間労働に従事させられていました。訴訟を起こした人権擁護団体は、同大手ハイテク企業らには児童労働を間接的に助長した責任があるとして、未払いの賃金と医療費の支払いや損害賠償を求めました。
【企業の対応・結果】
人権擁護団体による訴訟は、複雑なサプライチェーンの現状を鑑み「追跡可能な損害ではない」として棄却されたものの、死に至る児童労働が起きているという事案の深刻さから世間でも大きな注目を集め、鉱山採掘におけるサプライチェーンの透明性を見直す動きのきっかけとなりました。
3. 企業に求められる取り組み
上記のような悲惨な人権リスクを起こさないよう、企業に求められる人権対応の取り組みとして、「人権方針の策定」「人権デュー・ディリジェンスの実施」「是正・救済」の3つがあります。
それぞれの取り組みの詳細は、コラム「人権DDとは|基本的なプロセスとポイント」をご覧ください。
まとめ
人権リスクとは、企業経営において生じる人権を侵害するリスクのことです。ESG投資やSDGs(持続可能な開発目標)など、企業の社会的責任が広く注目を集めるようになった近年、人権リスクへの対応とコミットメントが求められています。人権リスクへの理解を深め、過去の人権侵害の事例なども参考にしながら、自社の業態に合った取組を進めていくことが重要です。
オウルズコンサルティンググループは、豊富な人権デュー・ディリジェンス対応や人権方針策定などの支援実績を有し、労働・人権分野の国際規格「SA8000」監査人コースを修了したコンサルタントが多数在籍しています。ソーシャルセクターの視点とビジネスコンサルタントとしての視点を併せ持ったご支援が可能ですので、ご関心のある方はお問い合わせフォームよりぜひお問い合わせください。
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参考文献:
政府 「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」