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COLUMN コラム
2023年4月13日

「ビジネスと人権」とは|指導原則のポイントと国際的な動向

企業のサステナビリティ関連の取組みが注目を集める中、環境に並びビジネスパーソンが注視すべきテーマが「ビジネスと人権」です。サプライチェーンが国内外に複雑に広がり、多様な価値観の尊重が重視される現代社会において、企業が事業成長を続けためには、ビジネスと人権への正しい理解が今や不可欠となっています。
当記事では、ビジネスと人権の概念と国際的な動向を解説します。時代に即した経営を行い、自社の中長期的な成長を実現したい経営者や管理職、ビジネスの最新トレンドを知りたいビジネスパーソンは、ぜひ参考にしてください。

1. 「ビジネスと人権」とは?

ビジネスと人権とは、企業の事業活動全体があらゆるステークホルダーの人権にもたらす影響を考え、人権を守り尊重していくことを示す概念です。「人権」とは、すべての人が人間らしく尊厳をもって幸せに生きる権利を意味し、具体的な人権リスクとしては差別やハラスメント、児童労働や強制労働などが挙げられます。

下記は、ビジネスと人権を意識した経営を行うことで期待される企業にとってのメリットです。

  • 人権関連のトラブルに起因する不買運動などを回避できる
  • 新規取引先の開拓や取引先との関係性向上により売上拡大につながる
  • ESG投資などを呼び込み企業価値を向上させることができる

人権尊重を重視する近年のグローバル社会においては、企業が起こした差別などの人権トラブルを原因に商品・サービスの不買運動や投資先候補からの除外が起こり、売上にも影響します。ビジネスと人権を意識した経営を行うことは、企業が安定的に資金を確保し、売上拡大を図るためにも重要な一手です。

勿論、人権尊重の真の目的は人権への負の影響を無くしていくことですが、その取り組みは結果として事業活動の安定や成長にも繋がるのです。

1-1. 「ビジネスと人権に関する指導原則」が生まれた背景

ビジネスと人権はもともと、第二次世界大戦後のグローバル化と経済発展に伴い、注目度が高まってきた概念です。国連では1980年代頃から、グローバル企業の人権侵害問題に関する議論が繰り返し行われてきました。
2011年に国連人権理事会で「ビジネスと人権に関する指導原則」(以降、指導原則と記載)が採択・承認され、企業に人権を尊重する責任があることが初めて国際的な文書として示されました。
指導原則には、法的な拘束力がありません。しかし、指導原則の内容は企業に関する国際ルールや法律を制定する際に参照されており、実質的には高い影響力を持っている状態です。
指導原則が採択・承認されて以降、欧米を中心に世界各国で、ビジネスと人権に関する取り組みが急速に進められており、近年、投資家の中ではESG(環境・社会・ガバナンス)を意識した行動として、人権侵害を行う企業を投資先から除外するケースもあります。

2. 「ビジネスと人権に関する指導原則」のポイント

指導原則の内容は「人権を保護する国家の義務」「人権を尊重する企業の責任」「救済へのアクセス」の3つの柱から構成されています。国際基準に即した事業活動を行うために企業が最初に意識したい指導原則のポイントは、以下の3つです。

2-1. 企業に人権を尊重する「責任」があることを明示

指導原則は、人権を「保護」する義務自体はあくまで国家にあるとしつつも、それに並列する形で、企業には人権を「尊重」する「責任」があるとしています。人権に対する企業の責任を明示した最初の国際文書という意味で画期的なものです。仮に企業が責任を全うしない場合には、グローバル社会における信頼性や競争力低下などのペナルティを受けるリスクもあります。

2-2. 「あらゆる企業」が対象

指導原則では企業がどこの国・地域で事業活動を行い、本社をどこに置いていても、人権を尊重する責任を負うと明示されています。また、規模や業種、組織構造に関係なくすべての企業に適用されるとも記載があり、多国籍企業や大企業のみならず中小企業も対象です。

さらに、たとえ自社が直接人権に悪影響を及ぼしていない場合であっても、取引先による人権侵害が起こっている状況では、防止や軽減に努めることなどを要求しています。

2-3. 企業がとるべきアクションを提示

指導原則は、責任を果たすために企業がとるべきアクションを具体的に提示していることも特徴です。
下記は、指導原則の提示する企業がとるべきアクションの概要です。
  • 人権尊重へのコミットメントを人権方針として策定
  • 人権デュー・ディリジェンスの実施
  • 人権への負の影響に対する救済メカニズムの構築

人権デュー・ディリジェンスとは、「自社やサプライヤー等における人権への負の影響を特定し、防止・軽減し、取組の実効性を評価し、対応状況について説明・情報開示していく一連のプロセス」を意味します。
そして、事業活動による人権への負の影響が確認された場合には苦情処理・救済メカニズムにより適切な是正措置を行うことが必要です。

3. 「ビジネスと人権」に対する国際的な動向

ビジネスと人権に関する理解を深めて企業の持続可能な発展につなげるためには、国際的な動向を理解しておくこともまた大切です。ここからは、ビジネスと人権に関する取り組みを主導する欧州における取り組みの現状と、日本政府や企業の動向について解説します。

3-1. 欧州を中心に進む人権対応の義務化

イギリス・オランダ・ドイツ・フランスなどでは、所定の条件を満たす企業に対して人権デュー・ディリジェンスの実施などを義務化する「人権デュー・ディリジェンス関連法」が導入され始めています。またEU全体としても、人権及び環境に関するデュー・ディリジェンスを義務化する「企業持続可能性デューディリジェンス指令案」が2022年2月に公表されました。

下表は、欧州で導入された人権デュー・ディリジェンス関連法の一例を示します。

イギリス 2015年
  • 現代奴隷法を制定
  • 奴隷労働や人身取引に関する取り組みの情報開示を義務化
フランス 2017年
  • 企業注意義務法を制定
  • 人権デュー・ディリジェンス計画の作成・実施と情報開示を義務化
オランダ 2019年
  • 児童労働デュー・ディリジェンス法を制定
  • 児童労働実態調査の実施やアクションプランの作成を義務化
ドイツ 2022年
  • サプライチェーン デュー・ディリジェンス法を制定
  • 人権デュー・ディリジェンスの実施を義務化
上記の法律は、当該国で事業を行うグローバル企業も対象です。そのため、グローバル企業は特にビジネスと人権に関する取り組みを積極的に行っている傾向があります。

3-2. 日本企業の現状と動き始めた日本政府

欧州諸国を中心にビジネスと人権に関するルール整備が進行する中、日本政府もグローバル社会における責任を果たすため、ようやく取り組みを本格化させています。未だに多くの日本企業は人権を十分に尊重した経営を実現できているとは言えず、官民双方での迅速な取組みが必要な状況です。

3-2-1. 国際的に遅れをとる日本企業

2022年発表の企業の人権への取り組み度世界ランキング(CHRB2022)で日本の主要なグローバル企業の多くが低評価を受けました。また2018年発表のGlobal Slavery Indexによると、現代奴隷(強制労働や児童労働)によって生産された商品を日本は年間450億ドルも輸入していると推計されます。これはG20中で第2位の金額にあたり、日本企業が間接的に強制労働などに加担している可能性が示されています。さらに、2022年時点のジェンダーギャップ指数(男女格差を数値化した指数)の世界ランキングでは、日本は第116位に留まります。

3-2-2. 動き始めた日本の取り組み

日本の産業全体の取り組みの遅れも受けて、2020年9月に外務省は「「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020ー2025)」を発表しました。また2021年7月にビジネス・人権政策調整室を設置して、企業に対する啓発活動や人権尊重に関する取り組み推進に乗り出しています。

そして2022年9月に、日本政府は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定・公表しました。日本で事業活動を行うすべての企業は、当ガイドラインに則り人権尊重に取り組むことを期待されています。

まとめ

ビジネスと人権とは、企業の事業活動全体があらゆるステークホルダーの人権にもたらす影響を考え、人権を守り尊重していくことを、あらゆる企業に対して要請する概念です。日本はビジネスと人権に関する取り組みの後進国であるものの、近年では大手企業を中心とした取り組みの急加速や、政府主導でのガイドライン策定など、業種横断的な変化が進んでいます。
環境リスクとは異なり、人権リスクは「オフセット」(どうしても避けられない負の影響を、別の正の活動によって埋め合わせるという考え方)することができません。
一度発生してしまった人権侵害は、取り返しがつかないものです。
だからこそ企業には、先手を打って対応していくことが強く求められているのです。

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